伝えられなかった想い。

近くに在りすぎて、無くしてみるまで気付けなかった、想い。

もう、ピアノなんて止めてしまおうと思った。

あの時、自分がピアノの練習に行かなければ、綾は事故に遭わなかったかも知れない。

一緒に居れば、助けられたんじゃないのか。

後悔の念ばかりが募った。

結局、ピアノを止める事も出来ず、良平は音楽教師になり、そして、この母校に赴任が決まった。

その時、良平が感じたのは、思い出深いこの母校で教鞭を執れることの喜びと、それを上回る恐怖。

ここは、良平にとって、一番最良で最悪の場所でもあったから――。

学校に赴任してすぐに耳にした、『バレンタインの少女の霊』の話。

2月14日。

毎年、この日に現れ、学校の中を彷徨い歩くという女生徒の霊。

すぐに、綾だと直感した。

でも、良平には霊感など皆無だった。

だから毎年、こうして音楽室であの頃綾に良く聞かせていた『別れの曲』を弾きながら、ずっと願っていたのだ。

どうか、どうか自分の前に現れてくれ、と。

そして今日、彼女は現れた。

あの頃のままの、愛しい姿で――。