ぱちん。
不意に音楽室の電気が付いて、世界が光に包まれる。
我に返った良平は、ハッと顔を上げた。
「あれぇ、矢部先生?」
名を呼ばれた良平は、まぶしさに目をすがめながら、ゆっくりと声の主に視線を向ける。
「こんな真っ暗の中で、ピアノの練習ですか? いつも熱心ですねぇ」
ドアの所に佇み、笑顔で声を掛けてきたのは、顔見知りの巡回のガードマンだ。
「……ええ、熱中しすぎて、日が暮れたのに気が付きませんでした」
良平は、苦笑しつつ言葉を続ける。
「今日はバレンタインなので、一人で感傷に浸っていたんですよ……。もう少ししたら、帰ります」
「良いですよ、思う存分練習して下さい」
「はい。ありがとうございます。それじゃ、お言葉に甘えて、もう少しだけ」
あの日。
八年前のバレンタインの日。
たった1人で、学校前の交差点で事故死した綾。
良平にとって彼女は、誰よりも大切で、誰よりも守りたい女の子だった。
トラックに巻き込まれ潰された鞄の中に在った、良平宛のチョコレート。
そのカードの中に書かれていたのは、せいいっぱいの愛の言葉。
「あなたが、好きです――」