あの日、綾は図書当番で手間取り、1人で、夕闇に包まれた学校を出た。
急いでいた。
早く家に帰りたかった。
点滅を始めた、学校前の信号機。
綾は、渡ってしまおうと駆け出した。
右折してきた大きなトラック。
視界一杯に広がる、トラックのライト。
身体に突き抜けた衝撃――。
後は、何も感じなくなった。
ふと気が付くと、誰かのお葬式で泣き崩れる自分の両親の姿が見えた。
涙をぼろぼろこばして、しゃくり上げている美智。
唇を噛んで、ただ黙って涙を流している、良平。
私は。
私は、あの時――。
「ごめん。ごめんな、綾……」
ピアノの音が止んで、良平の声だけが悲しく響いた。
そして最後に残されたのは、シンと静まり返った音楽室に響く、低い嗚咽。
綾は何故自分がここに来たのか、初めて理解した。
幼い頃から少しずつ育まれてきた、1つの想い。
心の奥の1番柔らかい場所に息づいていた『この想い』を、伝えたいから。
あなたに、伝えたかったから。
「ありがとう、良平……」
待っていてくれたんだね。
ここで、ずっと私を待っていてくれたんだね。
私。
あなたと、一緒に居たかった。
手を繋ぎ。
キスをして。
そして、いつか結ばれる。
そんな幸せな未来を夢に見ていた。
ちょっと照れ屋な所も、ぶっきらぼうな所も、優しい所も、ピアノを弾く綺麗な指も、全部。
「私、あなたが、大好きだったよ」
それは、告白。
時を超えた、決して叶うことのない、哀しい愛の告白。