ピッキング・カルテット

瑛太と荒畑は近くの喫茶店に入った。

そこで事情を全て話すと、
「何やって!?」

大きな声で聞き返した荒畑に、瑛太は慌てて人差し指を唇に当てた。

「ああ、すまなんだ…」

荒畑は呟くように謝った後、
「それは本当のことやか?」

再確認してきた彼に、瑛太は首を縦に振ってうなずいた。

「俺、何で宗助さんが解散を言い出したのかわからないんです…。

何か理由があるんじゃないかと聞いても、“世代交代だ”の一点張りで…」

そう言った瑛太に、
「ほんでなも俺が何ぞを知っておるんじゃないかと聞いてきた訳やか?」

荒畑の問いに、瑛太は首を縦に振ってうなずいた。
荒畑は片手で髪をクシャクシャにすると、
「やっぱり、そうなりよったか…」
と、呟いた。

「えっ?」

(そうなりよったかって、一体どう言うことなんだ?)

瑛太は荒畑を見つめた。

荒畑は深く息を吐くと、
「次の休みはいつやか?」
と、聞いてきた。

「や、休みですか?」

瑛太はジーンズのポケットからスマートフォンを取り出すと、スケジュールのアプリを起動させた。

「えーっと…2週間後、ですね。

名古屋の翌日です」

スケジュールの確認をすると、瑛太は答えた。
「2週間か…。

それくれえあれば充分やね」

荒畑は呟くと、
「ここは俺に任せてくれへんか?

と言うよりも、俺たちに協力させてくれへんか?」
と、言った。

「きょ、協力ですか?」

訳がわからないと言うように聞き返した瑛太に、
「玉井くんに関しては、俺たちの方がよお知っておると思うんや。

それに、バンドマン同士こう言う時は協力しあった方がいいんじゃないやか?」

荒畑が言った。

「確かに、そうですね…」

かつて宗助は、彼らのマネージャーをしていた。

当然ここは、彼らに全てを任せた方がいいのかも知れない。
「わかりました、よろしくお願いします」

会釈をするように頭を下げた瑛太に、
「2週間後の休みにナナコちゃんと桑田くんを連れて、またここへ戻ってきて欲しい。

その時にわかったことを全て話すから」

荒畑が言ったので、
「はい、わかりました」

瑛太は首を縦に振ってうなずいた。


山形駅についたのは夜の8時を過ぎてからだった。

「うわーっ、寒い」

瑛太は紙袋からコートを取り出すと、それを身につけた。

「ヤバいな、すっかり遅くなったな」

スマートフォンを取り出して電話をしようとした時、瑛太は首を動かして周りを見回した。
(誰かに見られているような気がする…?)

駅にいるのは、カバンを持った旅行者とスーツ姿のサラリーマンしかいなかった。

気のせいだろうかと思いながら、瑛太は電話帳から宗助の名前を出した。

「もしもし、宗助さんですか?」

宗助と電話が繋がったのと同時に、瑛太は出口の方へと足を向かわせた。

「今どこにいるんだ?」

そう聞いてきた宗助に、
「今、駅についたところです。

これからタクシーでホテルへ向かいます」

瑛太は答えた。

(もしかして、後をつけられているのか…?)

振り返って後ろを確認するも、それらしき人影は見当たらない。

「どうした?」

宗助と電話の最中だったことを思い出した。
「ああ、えっと…すぐ戻ります」

「そうか、遅くならないうちに早く戻れよ」

電話が切られたのと同時に、瑛太はすぐにタクシー乗り場へと走り出した。

そこに駐車していたタクシーに飛び乗ると、
「すみません、『カシオペアホテル』まで」

「はい、『カシオペアホテル』ね」

タクシーが走り出した。

(一体何だったんだろう…?)

瑛太は深く息を吐くと、シートにもたれかかった。

自分はいつから、何者かに後をつけられていたのだろうか?

気のせいだと信じたかった。

疲れているからだと思いたかった。

しかし、何か起こるんじゃないかと瑛太は胸騒ぎを感じていた。
宿泊先のホテルへ戻ると、先に宗助の部屋を訪ねた。

コンコンと、ドアをたたいたが宗助の返事はなかった。

「シャワーでも浴びてるのか?」

メールで帰ってきたことを伝えようとスマートフォンを取り出した時、
「あっ、エイくんおかえりー」

その声に視線を向けると、夏々子だった。

「なっちゃん、何してるの?」

そう聞いた瑛太に、
「ジュース買ってきたの」

夏々子はビニール袋に入っている紙パックのオレンジジュースを見せた。

「ああ、なるほど…」

瑛太は納得したと言うように首を縦に振ってうなずいた後、
「なっちゃん、部屋に行ってもいい?

後、ヤスくんも呼んできて欲しいんだけど」

「うん、わかった」

夏々子は返事をした。
瑛太が夏々子の部屋に入って待っていると、
「珍しいな、瑛太から話があるって」

夏々子に呼ばれた桑田が入ってきた。

「実は今日…」

瑛太は夏々子と桑田に、荒畑に会ったことを話した。

「えっ、マジ?

荒畑さんに会って話をしたの!?」

桑田は驚いたと言うように聞き返した。

「ちょっと、声が大きいよ。

このホテル、壁が薄いみたいなんだから」

人差し指に唇を当ててたしなめるように言った瑛太に、
「ああ、すまんかった…って言うか、俺も瑛太と一緒に行けばよかったなあ」

桑田はやれやれと言うように息を吐いた。

「それで、荒畑さんは何て言ったの?」

そう聞いてきた夏々子に、瑛太は続きを話した。
話を聞き終えると、
「もしかしてとは思うけど、彼らは何かを知っているんじゃないかしら?」

夏々子が言った。

「何かって、何を?」

桑田はタバコを取り出すと、それを唇に挟んだ。

「ノブオ、タバコを吸うんだったら自分の部屋で吸って」

そう言った夏々子に、
「何だよ、別にいいじゃねーか」

桑田は毒づくように言った後、タバコをしまった。

「とりあえず、荒畑さんたちは何か理由を知っているんだと思う。

もしかしたら、ソウちゃんは荒畑さんに解散のことを相談していたのかも」

そう推理した夏々子に、
「いや、どうだろうな…」

瑛太は腕を組むと、うーんと考えた。

今思い返して見ると、荒畑は何かを知っているような気がした。