朝のホームルームの前にある、十分間読書の時間に、ハルは教室に現れた。遅刻ぎりぎり。
 ハルは慌てて席に着き、カバンを机の横に掛けると、ごそごそと本を取り出した。苑子がそんなハルを見て、くすっと笑みを漏らす。
 ハルは決まり悪そうに頬を掻くと、苑子に「おはよ」と言った。声は私の席からは聞き取れなかったけど、口の動きでわかる。苑子のかたちのいいくちびるも、「おはよ」と動く。
 けっこうお似合いじゃん、って思った。ふたりの幼馴染という立場を離れて、客観的に見てみても、しっくりくる組み合わせっていうか。
 ハルだってわりと整った顔立ちだし、清楚で可憐な苑子と一緒だと、なかなか絵になる。
 それに、考えてみれば、苑子みたいに警戒心の強い子は、きらきら目立つ杉崎くんよりも、子どものころから知っているハルを好きになる方が自然だ。
 安心感あるしね。お互いのこと、誰よりもわかってるしね。
 目が滑って、本の内容が頭に入ってこない。
 と、後ろの席の子に、つん、と背中をつつかれた。小さく折りたたんだルーズリーフの切れ端を渡される。開いてみると、真紀からだった。
 ――今日、部活休みなんだ。一緒にカラオケ行かない?
 とある。朝っぱらから、もう放課後の話するんだ。ちょっと笑ってしまった。
 いいよ、とだけ書いた紙を、真紀の席まで回してもらう。
 二宮さんも一緒に、とは、書かれていなかった。私も、苑子と一緒ならいいよ、とは返事しなかった。
 苑子、カラオケ嫌いだし。真紀みたいな、華やかでにぎやかな子たちのことも、苦手だし。たまには私だって、苑子以外の友達と遊んだって構わないと思う。親友以外と遊んじゃいけないだなんて、そんなルールないわけだし。
 チャイムが鳴って、私は本を閉じた。
 ふと、ハルの席を見やる。ハルはまだ本を読んでいる。その目は思いのほか真剣で、ぱら、とページをめくりながら、小さくため息なんてついている。
 どきりとした。何かに夢中になっているときの、ハルの顔。小さいころから、一度集中してしまうと、まわりの何もかもが目に入らなくなるようなところが、あいつにはある。
 ドアが開いて先生が入ってきても、ハルはまだ本から目を離さない。
 そんなに面白い本なら、もっと早く学校に来て早く読み始めればいいのに。ほんとにしょうがないやつ。
 私は必死に文句を探しながら、さっきまで盗み見ていたハルの横顔を、頭の中から追い出そうとしていた。