「はいはい……わかったから……押さないで」
やばいから。
そう言って、弥生はわざとらしく笑って見せる。
バカ。
そんな言葉を期待したのだが、なかなかその言葉はやってこない。
気分を悪くしたのだろうか。
暫く二人はそのまま夜の道を歩いた。
一歩、二歩、三歩。
コツコツと二人の靴の音だけが夜道に響く。
「…り…と……」
「え?」
先に沈黙を破ったのは、雛子の方だった。
しかしうまく言葉が聞き取れない。
再度聞き返すと、今度は真っ赤な顔をした雛子に怒鳴られてしまった。
「ありがとう!て言ったの!……ちゃんと聞きなさいよ」
その彼女の表情がたまらなく可愛くて、こっちまで赤面してしまう。
「あ、ありがとう……?」
雛子にそんな言葉をかけられたのは初めてだった。
今までは、“嫌い”しか言われたことがなかったから。
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