一月末、私は体調の変化に気付く。
 寝起きや空腹時に若干気分が悪く、生理が遅れてる。

 もしかして……?

 すぐに産婦人科を受診し、その結果『妊娠六週(二ヶ月)』と診断された。

 初めての妊娠……。
 戸惑いと喜びと、胎内に赤ちゃんがいることが信じられない不思議な気持ち。

 保は……喜ぶかな?
 きっと驚くだろうな。

 保の喜ぶ顔を想像したら、自然と頬が緩む。

 直接、保に会って驚かせたいため、電話もメールもしない。帰宅するまでこの嬉しいニュースは秘密だ。

 私は腹部に触れ、小さな幸せを感じていた。

 妊娠が判明したあとも誰にも告げず、二時間遅れで、いつものように小児科病棟で仕事をしていた。

 どんなに忙しくても、母になる幸せを噛み締めながら仕事と向き合う。病気と闘う子供たちが、さらに身近な存在に感じられた。

 ◇

 ――それは、突然だった……。

 正午過ぎ、小児科病棟にけたたましい音が響く。鼓膜を切り裂くような音は、非常ベル(火災報知器)だった。

「えっ?何……?」

「これは避難訓練じゃないよね?非常ベルの誤作動?それとも子供の悪戯?」

 あまりの音に両手で耳を塞ぐ者、管理課に電話し確認をとる者、不安な患者に寄り添う者。ナースステーションの中も騒然となる。

 院内にスピーカーからアナウンスが流れる。

【火災発生、火災発生……。
 調理場から出火。直ちに非難して下さい。自力で歩ける方は、看護師及び職員の指示に従って、非常口より非難して下さい。自力で歩けない方は、順番に看護師及び職員が誘導します。どうか慌てないで、順番がくるまでベッドで待機して下さい。消防車もすぐに到着します。職員は落ち着いて患者さんの誘導にあたるように。
 繰り返します……。
 火災発生……火災発生……】

「嘘……でしょう……」

 アナウンスをしていた事務員はかなり慌てた口調だった。アナウンス直後、婦長に電話がかかり、これは避難訓練ではなく現実なのだと理解した。

 婦長が私達に指示を出す。

「自力で歩ける子供達を早く誘導しなさい。調理場はこの病棟の真下だから。ここは一番危険だわ。ゆっくりしている暇はないわよ。自力で歩けない子供は、背負うか抱きかかえて避難するのよ」

 患者の家族も看護師も、パニック状態に陥る。

 非常ベルの音は激しく鳴り続け……、その音がみんなの恐怖をさらに煽った。