「アコちゃん、元気になった?」
一限終了のチャイムがなってからしばらくすると、先輩は宣言通り、様子を見に来てくれた。形ばかりに寝ていたベッドから身体を起こそうとすると、先輩は軽く手を出して制止した。
「大丈夫です」
もとより体調なんて悪くないのだ。それなのに休んで、なんだか悪いことをした気分だ。これ以上心配させないように作った笑みを貼り付けて、そう返せば先輩は心配そうに眉を下げた。
「無理はしないで。アコちゃんが体調を崩してたら俺も悲しいからさ」
「先輩……」
「だからもう一時間くらいゆっくり休んでなよ、ね?」
「……そうさせてもらいます」
優しい人だな。先輩に気づかってもらえることが、今はなんだか苦しくてたまらない。
「あ、俺そろそろもどらなきゃ」
「ありがとうございました」
教室にもどる先輩をベッドから見送ったわたしは次の時間には戻ろうと心に決めて、一時間、窓の外を眺めて過ごした。
「アコ! もう寝てなくて大丈夫なの!?」
律儀にも次の休み時間にも様子を見に来てくれた先輩に付き添われて教室に戻ると、真っ先にみっちゃんが駆け寄ってきてくれた。どうやら結構心配をさせてしまったらしい。
「教室寒くない? わたしのカーディガンいる?」
おろおろとしながらみっちゃんは自身のカーディガンを脱いでわたしに着させようとする。けれどそんなみっちゃんに先輩はにこりと微笑んだ。
「大丈夫だよ、みっちゃん。アコちゃんには俺のパーカー貸してあるから」
教室に戻るにあたって、先輩借りたままだったパーカーの返却を試みた。だが残念ながらきれいにたたんだそれは開いて肩にかけられた。
「ほらアコちゃん、うで通して~」
そして先輩の指示に従って腕を通すと、チャックはきっちりと一番上まであげられてしまった。
『元気になったら返してね』
その言葉に続いてわたしはとある約束を結ばされた。
「これでまだ寒いって感じるようだったら今度は保健室じゃなくておうちまで運んでいこう」
そう、次に体調を崩したら家に強制送還するというお約束だ。
「ならわたし、案内しますね!」
「うん。お願い」
まだ夏にはなっていないが、そろそろうっすらと汗がにじむ時期。まだ冬服なのに、その上からのパーカー。薄手とはいえ、少し暑いくらいだ。だから強制送還なんてことはされないはずなのだが、先輩とみっちゃんの好意がやや重たい。過保護といっても過言ではないだろう。この後、何度か『大丈夫』と告げたことでみっちゃんの心配は少し収まった。円城先輩のお友だちから買ってもらったココアとミルクティーと緑茶を「水分補給は大事だよ!」とのありがたいお言葉と一緒に進呈され、飲むところを見守られはしたが。だがいつもご飯は一緒に食べているし、特に日常からかけ離れている感じはしない。
問題は円城先輩の方だ。
昼休み、わざわざ様子を見に来てくれた先輩はわたしの机の上に数種類のゼリーを置いた。
「アコちゃん、大丈夫? ゼリー買ってきたけど食べられそう?」
どれも見覚えのあるものばかり。おそらく購買で買ってきてくれたのだろう。お見舞い? に来てくれるのはうれしい。正直、ゼリーも好きだからうれしい。けど空いた席に座りながら一年生の教室に滞在し続けるのは止めてほしい。
ちゃんと食べるか心配なんだろうけど、先輩が見つめるわたしに注ぐクラス中の視線が痛い。
男子からは好奇の視線。そして女子からはなぜかキラキラとした視線だ。
嫉妬なんて暗い感情ではなく、少女マンガを読む時によく似たそれは、明らかにわたしと円城先輩に何かを期待した眼差しだ。
そういうんじゃないのに~。
食べなければ先輩に心配され、食べればきっと後で質問攻めが待っているだろう。
どっちもつらい!
「良かったね、アコ。リンゴゼリーあるよ~」
「アコちゃんリンゴゼリー好きなの?」
「はい」
「そっか。買ってきて良かった。あ、よかったらみっちゃんも好きなの食べて」
「いいんですか!? じゃあオレンジいただきま~す」
「なら俺は残ったグレープを」
目の前の二人が食べ始めたことにより、視線は少し和らいだ……と思うことにして、わたしもゼリーを食べ始めることにする。
やっぱりおいしいな~。思わず頬を緩めながらゼリーを味わっていると、前からなにやら視線を感じた。方向的にそこにいるのはみっちゃん、ではなく円城先輩だ。きっと気分はみっちゃんを見守るほかの先輩たちと同じなのだろう。気にしたら負けだ。頭の中でそうくり返しながらゼリーをぺろりと平らげる。
「ごちそうさまでした~」
「ごちそうさまでした」
みっちゃんと二人でそろって、手をくっつけてごちそうさまをすると先輩は「おそまつさまでした」とうれしそうに笑った。
ゼリーカップとプラスチックスプーンをゴミ箱に捨て、自分の教室に戻ろうと廊下に足を向けた先輩は、ふと何かを思い出したようにこちらへと戻ってくる。
「どうかしましたか?」
「アコちゃん」
「はい」
「帰り、送るから待っててね」
「へ?」
そしてそれだけを言い残して立ち去ってしまった。
残されたわたしにはクラスの子たち、主に女の子のキラキラとした視線がふり注ぐ。この展開はまさか! なんて言いたげな目をしている。先輩とはそういう関係じゃないんだけど……。これなら質問攻めにあった方が否定出来るし、少しはマシだったんじゃないだろうか。
先輩、ごめんなさい。
去っていった方向を見つめ、心の中で先輩に手を合わせる。面と向かっての謝罪は放課後にでもさせてもらうことにしよう。謝罪って言っても、事実上の告白からの玉砕なんだけどね……。でも今後もそういう関係と思われたまま過ごすのは先輩に悪いだろう。わたしの気持ちよりも先輩の立場の方が大事なのだ。そう決めて、女の子たちの期待の視線を背負いながら残りの授業をこなした。
一限終了のチャイムがなってからしばらくすると、先輩は宣言通り、様子を見に来てくれた。形ばかりに寝ていたベッドから身体を起こそうとすると、先輩は軽く手を出して制止した。
「大丈夫です」
もとより体調なんて悪くないのだ。それなのに休んで、なんだか悪いことをした気分だ。これ以上心配させないように作った笑みを貼り付けて、そう返せば先輩は心配そうに眉を下げた。
「無理はしないで。アコちゃんが体調を崩してたら俺も悲しいからさ」
「先輩……」
「だからもう一時間くらいゆっくり休んでなよ、ね?」
「……そうさせてもらいます」
優しい人だな。先輩に気づかってもらえることが、今はなんだか苦しくてたまらない。
「あ、俺そろそろもどらなきゃ」
「ありがとうございました」
教室にもどる先輩をベッドから見送ったわたしは次の時間には戻ろうと心に決めて、一時間、窓の外を眺めて過ごした。
「アコ! もう寝てなくて大丈夫なの!?」
律儀にも次の休み時間にも様子を見に来てくれた先輩に付き添われて教室に戻ると、真っ先にみっちゃんが駆け寄ってきてくれた。どうやら結構心配をさせてしまったらしい。
「教室寒くない? わたしのカーディガンいる?」
おろおろとしながらみっちゃんは自身のカーディガンを脱いでわたしに着させようとする。けれどそんなみっちゃんに先輩はにこりと微笑んだ。
「大丈夫だよ、みっちゃん。アコちゃんには俺のパーカー貸してあるから」
教室に戻るにあたって、先輩借りたままだったパーカーの返却を試みた。だが残念ながらきれいにたたんだそれは開いて肩にかけられた。
「ほらアコちゃん、うで通して~」
そして先輩の指示に従って腕を通すと、チャックはきっちりと一番上まであげられてしまった。
『元気になったら返してね』
その言葉に続いてわたしはとある約束を結ばされた。
「これでまだ寒いって感じるようだったら今度は保健室じゃなくておうちまで運んでいこう」
そう、次に体調を崩したら家に強制送還するというお約束だ。
「ならわたし、案内しますね!」
「うん。お願い」
まだ夏にはなっていないが、そろそろうっすらと汗がにじむ時期。まだ冬服なのに、その上からのパーカー。薄手とはいえ、少し暑いくらいだ。だから強制送還なんてことはされないはずなのだが、先輩とみっちゃんの好意がやや重たい。過保護といっても過言ではないだろう。この後、何度か『大丈夫』と告げたことでみっちゃんの心配は少し収まった。円城先輩のお友だちから買ってもらったココアとミルクティーと緑茶を「水分補給は大事だよ!」とのありがたいお言葉と一緒に進呈され、飲むところを見守られはしたが。だがいつもご飯は一緒に食べているし、特に日常からかけ離れている感じはしない。
問題は円城先輩の方だ。
昼休み、わざわざ様子を見に来てくれた先輩はわたしの机の上に数種類のゼリーを置いた。
「アコちゃん、大丈夫? ゼリー買ってきたけど食べられそう?」
どれも見覚えのあるものばかり。おそらく購買で買ってきてくれたのだろう。お見舞い? に来てくれるのはうれしい。正直、ゼリーも好きだからうれしい。けど空いた席に座りながら一年生の教室に滞在し続けるのは止めてほしい。
ちゃんと食べるか心配なんだろうけど、先輩が見つめるわたしに注ぐクラス中の視線が痛い。
男子からは好奇の視線。そして女子からはなぜかキラキラとした視線だ。
嫉妬なんて暗い感情ではなく、少女マンガを読む時によく似たそれは、明らかにわたしと円城先輩に何かを期待した眼差しだ。
そういうんじゃないのに~。
食べなければ先輩に心配され、食べればきっと後で質問攻めが待っているだろう。
どっちもつらい!
「良かったね、アコ。リンゴゼリーあるよ~」
「アコちゃんリンゴゼリー好きなの?」
「はい」
「そっか。買ってきて良かった。あ、よかったらみっちゃんも好きなの食べて」
「いいんですか!? じゃあオレンジいただきま~す」
「なら俺は残ったグレープを」
目の前の二人が食べ始めたことにより、視線は少し和らいだ……と思うことにして、わたしもゼリーを食べ始めることにする。
やっぱりおいしいな~。思わず頬を緩めながらゼリーを味わっていると、前からなにやら視線を感じた。方向的にそこにいるのはみっちゃん、ではなく円城先輩だ。きっと気分はみっちゃんを見守るほかの先輩たちと同じなのだろう。気にしたら負けだ。頭の中でそうくり返しながらゼリーをぺろりと平らげる。
「ごちそうさまでした~」
「ごちそうさまでした」
みっちゃんと二人でそろって、手をくっつけてごちそうさまをすると先輩は「おそまつさまでした」とうれしそうに笑った。
ゼリーカップとプラスチックスプーンをゴミ箱に捨て、自分の教室に戻ろうと廊下に足を向けた先輩は、ふと何かを思い出したようにこちらへと戻ってくる。
「どうかしましたか?」
「アコちゃん」
「はい」
「帰り、送るから待っててね」
「へ?」
そしてそれだけを言い残して立ち去ってしまった。
残されたわたしにはクラスの子たち、主に女の子のキラキラとした視線がふり注ぐ。この展開はまさか! なんて言いたげな目をしている。先輩とはそういう関係じゃないんだけど……。これなら質問攻めにあった方が否定出来るし、少しはマシだったんじゃないだろうか。
先輩、ごめんなさい。
去っていった方向を見つめ、心の中で先輩に手を合わせる。面と向かっての謝罪は放課後にでもさせてもらうことにしよう。謝罪って言っても、事実上の告白からの玉砕なんだけどね……。でも今後もそういう関係と思われたまま過ごすのは先輩に悪いだろう。わたしの気持ちよりも先輩の立場の方が大事なのだ。そう決めて、女の子たちの期待の視線を背負いながら残りの授業をこなした。