そして水曜日。
 いつもだったら屋上ランチだけど、今日は教室で買ってきたパンの袋を開く。
「みっちゃん、今日は屋上行かなくていいの?」
「うん」
 だってアコがいないのにわたしだけ行っても変だもん。先輩たちの連絡先は知らないから確認出来ないけど、もちろんお休みだろう。
 今日の話題はクロワッサンサンドの可能性について。
「クロワッサンって美味しいけど、食パンとちがってバター多いじゃん? だから中身も同じじゃダメなんだよね」
「分かる! この前、近所のパン屋さんが出してたから買ったんだけど、油分が……」
 熱く語っていたのにピタリと話を止めた。そしてほかの子と顔を見合わせる。今、特に変なことなんてなかったと思うけど……。
「? どうしたの?」
 首を傾げてもやっぱり分からない。けれど目の前の子たちは何かを理解したようにうなずきあう。何だろう? わたしの座っている位置から見えない何かがあったり? そう思ってふりむくと、そこには見慣れた人が購買の袋を持って待っていた。
「みっちゃんぜんぜん来ないから迎えにきちゃった」
 佐伯先輩だ。先輩は袋をかかげて、行こうって声をかけてくる。
「今日ってご飯会お休みなんじゃ……」
「なんで?」
「だってア恋ないし」
「でもみっちゃんはいるでしょう?」
「そう、ですね」
「みっちゃん、わたしたちなら気にしないでいいから!」
「そう。クロワッサンサンドとそのほかのことはついては後で話そう! ううん、ぜひ聞かせて!」
 とまどうわたしの背中を同じサンドイッチ好きの彼女たちが押してくれる。やっぱりいい子たちだ。キラキラした目をしている4人組には後でいろいろと話は聞かれるかもしれない。でもご飯はいつものメンバーで、呼びに来てくれたのが佐伯先輩ってだけ。だから期待されているようなことはないんだよね。……わたしだって本当はそういう関係になりたいけど。でもやっぱりアコに相談してからじゃなきゃ。
 そう思って屋上のドアを開いたのに、そこに円城先輩と河南先輩の姿はなかった。ベンチにこしかけると佐伯先輩はわたしの横に「はい、これみっちゃんの分のいちごみるくね」とパックの飲み物を置く。そして自分の分のお茶にストローを突きさして飲み始める。
 あれ? わたしが遅いから迎えに来たんじゃなかったの?
「あの……ほか二人は?」
「休み」
「え、インフルですか?」
 もしかして二人もダウンしたとか!?
 一番アコと長い時間一緒にいたわたしとかピンピンしてるのに……。
 お母さんからよく『バカは風邪ひかないって本当なのね……』って言われるけど、インフルって風邪とは別物だよね!?
「ううん。教室でご飯食べてるよ」
「? お休みなんですよね?」
「うん。今日はアコちゃん休みだからみんなでご飯会はお休み。でも俺はみっちゃんとご飯食べたいから。週に一度しかない上に最近俺ずっと来れてなかったじゃん? やっと話まとまって来られるようになったのにお休みなのは寂しいからさ、みっちゃん迎えにいったんだけど……迷惑だった?」
「そんなことないです! わたしも先輩とご飯、食べたかったし」
「そっか。両思い、うれしいね」
「両思い!?」
「うん。俺もみっちゃんも一緒にご飯食べたいって思ったから両思い」
「ああ、そっちの」
 思わず恋愛的な方かと思っちゃった。勘違いして変なこと口走らないで良かったと胸をなでおろす。顔は赤いまんまだけど、今日はベンチだし、先輩の方に顔を向けなければバレることもないだろう。
 ほかの人がいない状況で、今がチャンスなのに、わたしはタマゴサンドを食べ進めるだけ。アコに相談しなきゃっていうのもあるけど、わたしはこうして一緒にご飯食べられなくなっちゃうのが恐くてたまらない。
 面倒なこと思ってるな、って自分でも分かってる。多分今までした恋の中で一番面倒臭い。いつもだったらアタックして、成功したら付き合って、失敗したらまた次って進むだけ。でも多分、今度は失敗したら結構へこむ。一ヶ月もしたら夏休みに入るけど、夏に新しい恋を探そう! なんて気分にはなりそうもない。いちごみるくみたいに甘々な恋をしたかったけど、運命はアコにだけ微笑んだようだ。今までに積み重ねてきた『いいことポイント』が発動したにちがいない。だってアコ、いい子だもん。わたしもいいことしてたらここでポイント使えたのかな? でもわたし、お小遣いとかもらったらいつもすぐ使っちゃうから、ポイントもたまらなかったのかも。どこで使ったかは分からないけど、もったいないことしちゃったな。そう思っても後のまつり。伝える勇気のでない思いを胸にもらったいちごみるくを飲む。いつもよりもあまく感じるのはきっとわたしの身体が甘さを欲しているからだろう。
「みっちゃん」
「はい」
「やっぱりアコちゃんがいないとさみしい?」
「……はい」
「そっか」
 アコがいたら慰めてもらえるのに。インフルエンザウィルス、ゆるすまじ!
 素直に答えると、先輩は寂しそうに笑った。だからもう一つの本音を打ち明ける。
「でも先輩とご飯、楽しいです!」
 これも本当。
 壊れてしまうことにおびえるほどには楽しい時間だ。
「そっか。あ、パンついてるよ」
 うれしそうに笑った先輩は自身の口元に触れてここだよって教えてくれる。よくアコに教えてもらうけどこんな時までつかなくてもいいのに……。指で払おうとするけれど、なかなか落ちてはくれないようだ。
「ここだよ」
 そう笑いながら伸ばされた先輩の指先はわたしの唇に触れる。かすっただけの先輩の指先から熱が広がっていくようにわたしの顔は真っ赤に染まっていく。やばい。さっきの比にならないくらい熱い。わたし、ゆでタコみたい。はずかしくて顔をそむける。けれどタコみたいなわたしの頭に先輩の手がのびる。
「みっちゃん、かわいすぎ」
 多分また子どもみたいって思われた。
 告白して玉砕しなくても、脈ないんだろうなって分かってちゃう。だってこんなわたしに佐伯先輩の隣なんて似合わないもん。かっこよくて優しくて、その上頭もいいんだっけ? それも先生に呼び出されて進路の説得されるくらいだから、わたしが想像しているよりもウンと出来がいいんだろう。
 しょぼくれながらストローに口をつけると、先輩は「ねぇみっちゃん」とわたしの名前を呼んだ。
「俺たち、付き合わない?」
「え?」
「こんなに可愛いみっちゃんだれかに取られるの、イヤなんだけど」
 可愛いなんて歴代の彼氏に何度となく言われた言葉。だけど佐伯先輩のはほかの多くとは違う。
「かわいいなんて!」
「ダメ?」
「ダメじゃ、ないです。わたしも先輩を誰かに取られるのイヤですから。でも、わたしでいいんですか?」
「ああ、本当かわいいな。好きだよ、みっちゃん。俺はみっちゃんじゃないとダメだから」
 そう言って、先輩はぎゅっと抱きしめてくれる。耳元で何度も好きだよってつぶやいて。その度にわたしの胸は温かい気持ちでいっぱいになる。
「わたしも好きです」
「本当、かわいい」
 抱きしめる力は強くなるけれど苦しくはない。だって大好きな先輩の体温がじんわりと伝わってくるから。
 明日、アコが登校してきたらちゃんとほう告しなくっちゃ。
 わたしにも彼氏が出来たよ、って。
 相手は佐伯先輩だよ、って。
 驚くかもしれないけれど、きっとアコなら祝福してくれるはずだ。
 雲一つないきれいな空の下で、わたしと佐伯先輩のいちごみるくみたいなあまい恋愛はスタートするのだった。