それが分かったのはある日の厚生委員の招集でのこと。
特別な連絡はないのか、先生はいつもと同じプリントを音読しはじめる。流しはきれいに使いましょうとか、ゴミ捨ての曜日は火曜日と金曜日だから間違えないようにとか。一年生のわたしでももう覚えてるよ……ってことをツラツラとお経のように読んでいく。連絡がないならわざわざお昼の時間に集まらなくても……って思うけど、各委員会の決まりなのだから仕方のないことなのだろう。同じ委員の男子はわたしの隣でスヤスヤと寝始める。後ろの、先生へ声が届きづらいところに座る先輩たちは内緒話を始める。結構小さな声で、定年間近らしい先生には聞こえていないだろう。でもまだまだ若いわたしの耳にはしっかりと話の内容が届く。
「ねぇ佐伯先輩ってかっこよくない?」
「たしかにカッコいけど、あんたこの前まで円城先輩カッコいって言ってなかった?」
「そうだけどさ、円城先輩にはカノジョできちゃったじゃん。あのちっちゃくて可愛い子。円城先輩カノジョできてからあまあまだし、あんなに幸せムード満開にしてるんじゃ勝てないって」
「それで佐伯先輩?」
「うん。前々から円城先輩とはまた別のかっこよさがあるって思ってたんだよね~。それに、これは部活の先輩から聞いたんだけど、佐伯先輩ってめっちゃ頭いいらしくて、今、国公立の大学の推薦受けないかっていろんな先生から薦められてるらしいよ」
「マジで!? すごくない?」
「カッコい上に頭がいいとか最強じゃん。で、先輩三年生だし夏休み入る前に告白しちゃおうかな~なんて……」
「今回は積極的だね」
「だって円城先輩のこと一年近くねらってたのにウカウカとしてたらカノジョ出来ちゃったじゃん? まぁ先輩の場合、よくいなかったねって感じだけど。でもそれって佐伯先輩も同じじゃん? 誰かに取られてたイヤじゃん」
「取られる、ってあんた、これといった接点なくない?」
「ない! けど恋ってそういうものじゃないじゃん」
「まぁね」
 別に盗み聞きしようとしたわけじゃない。ただ先生の話はヒマで、話していたのがこの先輩たちだけだったってだけ。途中で円城先輩と佐伯先輩の名前が聞こえて、お耳が少しばかり大きくなってしまったけど。
 佐伯先輩ってモテるんだ。
 円城先輩がモテるのは知っていた。だって入学してすぐのわたしたちでさえ、学園一の人気者として名前と顔を覚えていたくらいだから。
 でも、そうだよね。先輩、優しいしカッコイイし。頭がいいっていうのは初耳だったけど、その話を聞いてしっくりときた。だから水曜日、来なくなったんだって。今は先生たちに呼び出されているだけだけど、彼女とか出来たら本格的に来なくなっちゃうのかな? そう思うと、また胸のあたりがチクリと痛む。
「では今度の委員会は二週間後隣ますので、忘れずに」
 委員会は終わり、隣の席の男子を起こす。勝手に聞いて勝手にもやもやしているわたしの顔は不思議だったのか、起きたばかりのクラスメイトは首を傾げる。
「神崎《かんざき》、どした? 腹でも痛いんか?」
「別に。なんでもない」
「そうか? なんもないならいいけど、ムリすんなよ」
 そう言い残してさっさと帰る男子の背中を見ながら、アコが待っていてくれていることを思いだす。
「わたしも急いで帰んなきゃ」
 声に出して気持ちを切り替えたつもりだった。けれどアコと一緒にご飯を食べている最中もやっぱりそのもやもやはなくならない。
「みっちゃん、なんかイヤなことあった?」
「ないけど、なんで?」
「なんかう~んって顔してる」
 どうやらそのもやもやはアコにも伝わってしまうらしい。そんなに話さない同じ委員会の男子にまで伝わってるくらいだから、アコに伝わらないわけないか。
「う~んって顔?」
「う~んって顔」
 それにしてもう~んって顔ってなんだろう?
 顔をくしゃってするアコは可愛いけど、きっとわたしがしたら可愛くない。一度サンドイッチを置いて、両手をほっぺたに当ててムニムニと動かす。あんまり凝り固まっているって感じはしない。けどもやもやがどこかに行くこともない。
「元気のないみっちゃんには特別にだし巻きたまごを進呈します!」
「え、アコの好物じゃん」
「うん。でもみっちゃん元気ないから。だからこれ食べて元気出して。それで言えるようになったら相談してくれるとうれしい」
「わたし、アコに言えないようなことないよ? でも自分でもよく分からないから。だから分かったら相談、のってもらうかも」
「うん!」
 アコはそういってくれたけど、わたしのもやもやは翌日になっても消えることはなかった。