「なにか、お探しですか?」
女性店員は、微笑んで小首を傾げる。
「えっと、万年筆のインクを……」
その僕の声は少し掠れていて、女性店員に届いているか一瞬不安になる。 けれど、僕の声はちゃんと届いていたようで、女性店員は「こちらです」と言って店の奥から出てきた。
背丈は僕の肩位で、小柄な人だと思った。 ここの店主は年配の男性だったはずだけれど……もしかして、僕の記憶違いだろうか。 自分自身の記憶に疑心暗鬼になりながら、もう一度店内を見回したけれど、僕と女性店員以外には誰もいなかった。
女性店員に案内された場所は、店内の奥の一角だった。
——ああ、そういえばここだったような気がする。
棚の上から中段まで万年筆のインク瓶が陳列されていた。 電球色の照明の明かりに瓶がそれぞれに反射して、瓶の中のインクの色もひとつひとつ違うからか、キラキラとしていて瞬きをする度に違う色の光が見えて、綺麗だと思った。
僕はショルダーバッグから空になった瓶を取り出して棚に並べられた瓶と見比べる。
しかし、見覚えのある形の瓶は見当たらず、同じものは置かれていないようだった。
「お探しのインクは、そちらですか?」
「あ、はい……これ、なんですけど……」
瓶を女性店員の方に向けると、彼女は「あっ」と小さく言った後に、残念そうに眉を下げた。
「すみません。 いま在庫を切らしていて……入荷するのが、来週で……」
「あ、いや、大丈夫です。 その、これに拘っているわけではないので……」
そもそも、万年筆のインクに何か違いがあるのかも詳しくない。 万年筆を愛用しておきながらそういう知識がないのは、もともとか、忘れてしまったか、今では分からなかった。