六月、某日、君と



声は、そこでしんとなった。

凪さんの、痛みに耐えるみたいに硬く結ばれた手を見て胸に痛みが走る。 

けれど、彼女はふっと手を解く。

「……だけど、あの写真のおかげで、あんな風に、この店の中で嬉しそうに笑う祖父がいつまでも見られるんです。 一葉さんのおかげで、いつだって、笑顔の祖父を思い出すことができる。 だから私は、ずっとあなたに会いたかった。 お礼が、言いたかったんです」

そう笑顔で言う凪さんの目元には、今にも零れてしまいそうな涙が揺れている。

「祖父の写真を残してくれて、本当に、ありがとうございました」

僕は首をゆらゆらと横に振って、濡れた頬を拭いながらまた俯く。

「……僕の方こそ…………あの写真を渡せて、よかったです……」

せめてもの、唯一の、僕から芳治さんへ贈れたものだ。 

それが、彼女にとって僅かながらでも支えになっていたのなら、ほんの少し救われた気がした。

「あの写真は、祖父にとっても、わたしにとっても宝物です」

僕がこうなってしまった日から、こんなにあたたかい日はあっただろうか。 こんなふうになってしまった僕が、誰かに迷惑をかけてばかりだった僕が、誰かを支えることができるなんて、きっと奇跡に等しい。

こんなにあたたかい日は、一生忘れたくない。

忘れたくない、のに。

「僕は…………僕は、だめなんです。 こんなに良くしてもらったのに、それすら忘れてしまう。 最悪なんです。 それで、これまで周りの人に、たくさん迷惑をかけて来ました。 だから……だから…………」

こんな僕が、救われて良いはずがない。 誰かの支えになれるはずなど無い。

こんなあたたかい日を、僕は……。

「わたし、難しいことはまだ、全然知りません。 だけど、一葉さんが素敵な写真を撮る人で、お祖父さんからの万年筆を大切にしている人で、すごく優しい人なんだと知っています。 そんな人と会えた今日を、わたしは忘れません。 また一葉さんに会ったら、今日のことをお話しします。 旭さんと祖父の思い出を、祖父とわたしの宝物の話を伝えます」

凪さんの言葉が、胸の中で広がっていく。 まっすぐ僕の目を見る彼女から、目が離せなかった。

「だから、また、いつでもここに来てください」

涙で凪さんの姿が視界の中で揺れる。 微笑む凪さんの姿に、芳治さんの面影が重なった気がした。