「一葉さんのカメラって、これですか」
僕の目の前まで来てその布を解く。 確かに、見覚えのあるカメラだった。
「……僕の、です」
言葉に詰まりながら、凪さんからカメラを受け取って指の腹でそっと触る。 手に馴染む感触だと思った。
「最初、このカメラを見つけたときは不思議だったんです。 祖父には写真を撮る趣味は無かったし、しかも、ケースじゃなくて布に包まれていたので……」
「きっと、埃が被らないようにしてくれていたんだと思います」
この日記帳から、僅かな僕の記憶から、芳治さんがとても優しい人であることが分かる。 その優しさが痛いくらいに胸に刺さって、僕は、奥歯を噛み締める。
「…………もう一度、会いたかった…………」
もっと、ちゃんと覚えていたかった。 この置き忘れてしまったカメラを忘れてしまったことを謝って、お礼を伝えたかった。
そしてもう一度、祖父から譲ってもらったあの万年筆の手入れをして欲しかった。
きっとこの日記には書かれていない会話だってしたはずなのに、僕はそのことを思い出せない。 それがやっぱり情けなくて、なんて自分は恩知らずなのだろうと思う。 万年筆を手入れしてもらったあの時、僕が写真を撮ったあの時、僕らは一体どんな会話をしたのだろう。
後悔しても仕方がない。 思い出せない過去にすがろうとしても、時間は決して戻らない。 そんなこと、もうずっと前から分かっていることなのに。
それでも、これまでの日々のどこかで、ずっと家に閉じこもっていた時間のどこかで、少しでも思い出すことが出来ていればと、思わずにはいられない。
どうして、僕の頭はこんなに酷いことをするのだろう。 どうして、大切なものを消し去ってしまうのだろう。
「祖父は、また一葉さんがこうして来てくれたことを、嬉しく思っているはずです」
凪さんにティッシュボックスを差し出されて、自分が泣いていることに気が付いた。 僕は慌てて自分の頬を拭って、ティッシュボックスを受け取る。
「でも、僕は…………」
忘れてしまっていた。 泣き出したせいで、頭がズキズキと痛み始める。
「……祖父は、以前一葉さんのことを少しだけ話していました」
「え?」
「時々お店に訪れてくれる物静かな人で、いつも、初めて来たみたいに店内をゆっくりと見て周ってくれるんだって言ってました。 祖父は、自分のこだわりの詰まった店内を時間をかけて見てくれるのが嬉しかったみたいでした」
凪さんはその時のことを思い出しているように優しい表情をして、それから「少しだけわたしの話をしていいですか」と控えめに言った。 僕は声を出さないまま頷く。
「わたしと祖父は、血の繋がりは無いんです。 だけど、祖父は本当の孫みたいに可愛がってくれて、わたしはそれが何よりも嬉しかったんです。 それなのに、わたしは最期に、祖父にお礼の一つも伝えられなかった。 本当は伝えたい言葉がいっぱいあったのに、一緒に出掛けたい場所もあったのに、誘うのも気恥ずかしくて、何にもできなかった」
ぽつりぽつりと、雨粒のように言葉が落ちていく。
「この店を継いでから、祖父が遺したこの日記を毎日読んでいました。 祖父は嫌がるかなと思ったんですけど、日記にはわたしの知らない祖父の生活が詰まっていて、わたしが祖父と過ごした時間はあまりに少なかったんだと実感したんです。 それに、日を重ねるごとに祖父の面影がわたしの中で消えていくようで、わたしは……」



