「これっ、あなたのカメラじゃないですか?」

僕の目の前まで来てその布を解く。 確かに、見覚えのある一眼レフカメラだった。

「……僕のカメラ、です」

言葉に、詰まってしまう。 カメラを受け取って指の腹でカメラを触る。 手に馴染む感触だと思った。

「祖父に写真の趣味があったとは聞いてなかったので、店にこんな立派なカメラが置いてあるのが不思議だったんです。 しかも、ケースじゃなくて布に包まれていたので……」

「きっと、埃が被らないようにしてくれてたんだと思います」

この日記の文字や内容と僕の思い出せる記憶から、あの店主がとても優しい人なのだとわかる。

それに、僕のことを、気に掛けてくれたんじゃないかと思う。 僕は、奥歯を噛み締める。

「…………もう一度、会いたかったです」

もっと、ちゃんと覚えていたかった。 この置き忘れてしまったカメラを忘れてしまったことを謝って、お礼を伝えて、ヨシジさんから、受け取りたかった。

そしてもう一度、祖父から譲ってもらったあの万年筆の手入れをして欲しかった。

きっとこの日記には書かれていない会話だってしたはずなのに、僕はそのことを思い出せない。 何一つ、記憶に留めていない。

それがやっぱり情けなくて、なんて自分は恩知らずなのだろうと思う。

万年筆を手入れしてもらったあの時、僕が写真を撮っていたあの時に、僕らは一体どんな会話をしたのだろう。

「……祖父は、こうしてあなたが来てくれたことを嬉しいと思っている筈です」

涙が出そうになってしまうのをぐっと堪えて、僕は俯く。 後悔しても仕方がない。 思い出せない過去にすがろうとしても、時間は決して戻らない。 そんなこと、もうずっと前から分かっていることなのに。

それでも、これまでの日々のどこかで、ずっと家に閉じこもっていた時間のどこかで、少しでも思い出すことが出来ていればと、思わずにいられない。

「わたしは、あの祖父の写真を撮ってくれたのが、あなたで良かったと思います」

思わず顔を上げる。 彼女も、なぜか僕と同じように苦しそうだった。