思い出そうとしてもカメラをあの家のどこかに仕舞った記憶がなくて、こんなことまで忘れてしまっているのかと落胆する。

すると、彼女は「ちょっと、待っていてください」と再び扉の向こうへと行ってしまった。

返事をする間もなかった僕は、また同じ日付の日記を読む。

『20--/11/13晴天』

 “今日は、またあの青年に会った。 店の窓の外から、青年がカメラで何かを撮っているのを見かけたので声を掛けてしまった。 
 店に招き入れると、彼はいつか撮ってくれた私とマルの写真をプレゼントしてくれた。 とても良く撮られていて、さっそく飾った。 
 あの青年は、こんな老いぼれの話を静かに聞いてくれるので、いつも話し過ぎてしまう。
 そうしてしまった所為で、青年は店にカメラを置き忘れて行ってしまったようだ。 悪いことをした。
 次に彼が店に訪れた時には、必ず返さないと。”

「……ここに……」

僕は再び日記帳のページを捲って、自分の事が書かれていないかを探す。

けれど、それ以降は僕のような人物が現れることなく、20--/12/19が最後のページとなっていた。

ふと視界の隅で何か動いたような気がして自分の左横を見ると、隣の椅子にマルが澄ました顔をして座っていた。 目が合うと、眩しそうに数回瞬きをする。 

「前にも、会ってたんだな」

すると、マルはスッと立ち上がってそのまま僕の膝の上に乗っている日記帳の匂いを嗅いで、何故かその上に前足を乗せた。

「わ、ちょっと……」

僕は慌てて日記帳を膝の上から離そうとマルの足元に視線を落とすと、最後の日付に書かれた日記の一文に目が留まった。

“あの青年は、元気だろうか”

それを読んで、思わず息を深く吸った。 遠い記憶の中にいる誰かに手繰り寄せられるように、ふと思い出す。

――“困ったことがあれば、いつでも来なさい”

少ししゃがれた、低い声。 それでも、優しい話し方でとても心地が良かった。

僕は、あの店主と話すことがすきだった。 そのはずなのに。

そんなことを思い出すと同時に、どうしようもなく胸が苦しくなる。

思わず目をぎゅっと瞑ってしまいそうになったその時、階段の方からまた足音がして、視線を扉の方に向けると彼女は生成り色の布に包まれた何かを抱えて戻って来た。