「……すみません、他にも、僕が店に来た日を探してみてもいいですか」

「はい」

僕は日記を受け取り、あまり深く中身を読んでしまわないよう、けれど僕のような人物像が書かれた内容を探しながらページを捲る。

すると、8/3に訪れた時はボールペンを購入しており、8/23には万年筆の手入れをお願いしに訪れたと書かれていた。

『20--/8/23 晴天』
 “今日はあの青年が自分の万年筆を持って店へ来てくれた。先日、手入れが必要だったら店に来てくれと言っ
 たのを覚えてくれていたようだった。万年筆の銘柄はウォーターマン。お祖父さんからもらったと青年は言っ た。
 年季が入っていたが、ちゃんと手入れをされ続けてきたようで状態はとても良かった。
 それが私は嬉しくて、手入れはサービスにさせてもらった。 良い仕事ができた。 
 今日は良い日だった。
 ああいう、古い物を大切にできる若者がもっと増えてくれれば良いなと思う。”

ふと、暑い日のことを思い出した。 
皺の入った分厚い手で、僕の万年筆が手入れをされている光景。 それを見て、僕は自分の祖父を思い出して、ひどく懐かしい気分になった。

再びページを捲る。 捲って捲って、9月は僕のような人物のことは書かれていない。
10月に突入し、ページを捲って、捲る。 

……もう、僕はランコントルへ来なかったのだろうか。 11月に入ってしまった……またページを捲る。

「あ……」

思わず呟いて手を止めたページの日付を見ると『20--/11/13 晴天』と書かれている。 

僕が街の写真を撮っているところを、ヨシジさんが見かけて声を掛けてくれて、僕がヨシジさんとマルとの写真を撮ったという内容だった。

「……あの写真を撮ってくれたのは、あなただったんですね」

その言葉に、僕はドキリとする。 

あの写真を撮ったのは、限りなく僕の筈なのに確かな自信はない。

けれど、目の前にいる彼女に正直にそう言える程の勇気もなくて、僕はただ頷いた。

「今も、写真は撮ってますか?」

「いえ……今は、撮っていません」

以前、僕は写真で生計を立てていた。 それ程に、僕は毎日写真を撮影して生きていた。

あの頃は良かった。 ただの趣味として撮影したデータを記録としてSNSにアップしたりして、そんな何気ないことでも楽しかった。

そして、それがいつしか僕の仕事となった。 嬉しかった。

それなのに、いつの間にか自分が撮りたい写真よりも周りから要求される写真を撮るばかりになってしまって、次第に、ただただつまらなくなった。

周りから言われるがまま撮った筈の写真なのに、僕の名前で世に出ていくことに違和感を感じていた。

それでも、生きていくのはそうやるしかないと思っていた。 僕は自分の理想を貫くほど芯が強くはなく、周囲の期待に応えることだけに必死になった。

そうしているうちに、こんなことになってしまったのだ。 皮肉なことに、嫌な思い出というのは忘れない。

記憶が落ちるようになってからは、自分の記憶の為に写真を撮ろうとしたけれど、そうなってしまった僕が生活していくには文字のない写真だけの情報では全く足りなかった。

好きだったことが、再び苦痛になっていく。
あの絶望感は、思い出したくもないのに。

それなのに、どうして僕は、写真なんて撮っていたんだ。

「じゃあ、あのカメラ……」

「え……カメラ? え、えっと……」