『2023/8/23 晴天』
 “今日は青年が自分の万年筆を持って店へ来てくれた。先日、手入れが必要だったら店に来てくれと言ったのを覚えてくれていたようだった。万年筆の銘柄はペリカン。お祖父さんからもらったそうだ。 年季が入っていたが、ちゃんと手入れをされ続けてきたようで状態はとても良かった。
 それから、マルと写真を撮ってもらった。写真を撮ったのはいつぶりだろう。マルは、あの子によく懐いている。
 ああいう、古い物を大切にできる若者がもっと増えてくれれば良いなと思う。”


フラッシュバッグのように、夏の、暑い日のことを思い出した。 皺の入った分厚い手で、僕の万年筆が手入れをされている光景。 それを見て、僕は自分の祖父を思い出して、ひどく懐かしい気分になった。

「……あの写真を撮ってくれたのは、一葉さんだったんですね……」

万年筆が手入れされている光景。 それは思い出せる。 あの写真を撮ったのは、限りなく僕だ。 それなのに、その光景は思い出せない。

水底に沈んだ記憶を掬い上げようと、いま読んだ文章にもう一度視線を走らせる。 けれど、なにも掴めない。

僕は視線を上げないまま、凪さんの言葉にただこくりと頷いた。 返事までできる自信がなかったし、それにどうして、カメラを……。

再びページを捲る。 捲って、捲って、9月は僕のような人物のことは書かれていない。 10月に突入し、ページを捲って、捲る。 

……もう、僕はここへは来なかったのだろうか。 11月に入ってしまった。 また、ページを捲る。

「あ……」

見つけたページの日付を見ると『2023/11/13 晴天』と書かれていた。

 “青年が、いつかに撮った写真を持ってきてくれた。”

11月。 真っ先に、祖父の命日が頭をよぎった。 11月の中頃なら、紅葉が綺麗な頃だっただろうか。 そう思うけれど、思い出せない。

「あっ、あの、ちょっと待っててください」

凪さんは突然そう言ったかと思うとレジの奥へと向かって行った。 階段を駆け上がるような音が聞こえて、そこから2階に上がれるのだなと思う。