“今日から梅雨入りらしい。 店前の紫陽花がそろそろ咲きそうだ。
 今日の一番のお客は、若い青年だった。大きなリュックを背負って、手にはノートとペンを持っていた。
 この町では見かけない顔だった。彼は今日この町に越してきたと言った。年齢までは聞かなかったが、凪よりも少し上くらいだろうか。
 購入品は、ノートを5冊と付箋だった。
 学生かと聞いたら、日記として使うというので日記帳は他にあると伝えたら、書きたいことが1ページに収まりきらないからと言っていた。”


そこまで読んで、僕は自分のノートをショルダーバッグから取り出して、自分がこの町に初めて来た日のことが書かれたページを探す。 今日何度も読んだはずだけれど、記憶違いをしたくなかった。

その日は、確かに、雨が降っていた。

「……きっと、僕のことです」

頷くと、凪さんの瞳が僅かに揺れた。

「この日記、祖父が毎日その日の天気と、お店にどんなお客さんが来たとか、どんなものが売れたとかそういうことを書き込んでいたみたいなんです」

「毎日……」

僕は、紙で溢れた自分の部屋を思い出す。 ノートを持つ手に力が籠る。

「他のページにも、一葉さんのことが書かれているんです」

また数ページ捲られて、凪さんの細い指が芳治さんの文字をなぞる。

その日の7/15は、僕はマスキングテープと付箋を購入しに訪れたらしい。 また、この町に写真の現像ができる店はどこにあるかを芳治さんに訊ねていた。

写真の現像について聞いたことは、覚えている。 近くにあった写真屋は店を既に閉じていて、駅通りまで行かないと無いと言われた。

「……他にも、僕が店に来た日を探してみてもいいですか」

日記帳を受け取って“青年”の文字を探しながらページを捲ると、8/17に訪れた時はボールペンを購入しており、8/23には万年筆の手入れをお願いしに訪れたと書かれていた。