「あれ……?」

ふと、何かを思い出す。 見覚えがある画だと思った。 

ランコントルのレジで撮られたフィルム写真。 そこには、笑顔のヨシジさんとレジ台の上で丸まって眠っているマルが写っている。

何か思い出せそうな気がした。 あの写真は、誰が撮った写真だろうか。

「あの写真を、撮ったのって……」

「祖父は、お客さんが撮ってくれたと言っていましたけど……どうしてですか?」

「いえ……なんだか、見覚えがある気がして……」

いや、でも、そんな筈はないか。 僕がこの部屋に来たのは、初めてなのだから。

しかし、頭の中の霧が、晴れない。

「……もしかして……」

彼女はパッと立ち上がり「ちょっと待っててください!」と言うと部屋から出て行き、足早に階段を降りていく音が聞こえた。

僕は突然のことに開いたままの扉の空間を眺める。 ご飯を食べていたマルも、ひょこっと顔を出して僕と同じように扉の方を見つめていた。

すると、再び足早に階段を上ってくる音が聞こえると、彼女は一冊の分厚い本を抱えて戻ってきた。

「これ、祖父がつけていた10年日記なんです」

「じゅ、10年?」

「はい。 これは、祖父の最期の日記帳です」

そんな長期間の日記帳があるだなんて知らなかった。 

これまで1年分を書き込める日記帳は買ったことがあったけれど、自分がふと思い出したことや記録したいことを次々と記入するには、ページ数が圧倒的に足りなくて続けられなかった。

彼女は椅子に座ると、日記帳の後半の方を開いてパラパラとページを捲る。

「ここら辺に……」

ページを見開きのまま、彼女は僕の方へと日記帳を向けてくれる。

そのページには、少し癖のある達筆の文字やイラストが描かれていた。

「これ、あなたのことじゃないかと思って……」

彼女が右側のページを指さしたので、僕はそちらを見る。

『20--/6/10 曇りのうち雨』

ページの一番上にはそう書かれていた。 僕はそのまま視線を動かす。


 “今日から梅雨入りらしい。 店裏の紫陽花がそろそろ咲きそうだ。
 今日は、朝一番に一人の青年が店へとやってきた。
 大きなリュックを背負って、首にはカメラを下げて、手にはノートとペンを持っていた。
 この街では見かけない顔だった。彼は今日この街に越してきたと言った。年齢までは聞かなかったが、凪と同  じか少し上くらいだろうか。
 購入品は、滅多に売れることがなかった無地ノートを15冊。 流石に驚いた。
 絵でも描くのかと訊くと、メモ帳として使う、と何やら不思議なことを彼は言った。”


そこまで読んで、僕は自分のノートをショルダーバッグから取り出してランコントルのことが書かれたページを探す。

そこには、店主がおじいさんであるということに加えて、その日は雨が降っていたことが書かれていた。

「きっと、僕のことです……」

「……この日記、祖父が毎日その日の天気と、お店にどんなお客さんが来たとか、どんなものが売れたとかそういうことを書き込んでいたみたいなんです」

「毎日……」

僕はふと、自分の真っ白な部屋とシワになった日記帳を思い出す。

「それに、他のページにもあなたのことが書かれているんです」

彼女はまた数ページ捲って、書かれている文字を指で追って見ていく。

「この辺りです」

開いたページを見てみると、その内容はやはり僕のような人物像の客が店に訪れたことが書かれていた。

この日は、テープを購入しにランコントルに訪れたらしい。 また、この街の食料品店がどこにあるかをおじいさんに訊ねている。