「祖父はお客さんが撮ってくれたと言っていましたけど……どうしてですか?」

「いえ……なんだか、見覚えがある気がして……」

いや、でも、そんな筈はないか。 そう思うのに、頭の中の霧が晴れない。

「……もしかして……」

凪さんは慌てた様子でレジの向こう側から分厚い本を一冊胸に持ち上げた。 僕は驚いて、その本を見る。

「あの、その……今お時間って大丈夫ですか。 って、あ、もうこんな時間……」

凪さんはレジに置かれた卓上時計を、僕はレジの後ろに取り付けられた壁掛け時計を見る。 今の時刻は、18:25。 スマートフォンで店を調べたとき、閉店時間は18:30だった。

「時間は、僕は大丈夫です」

凪さんのどこか切羽詰まったような様子と改まった言葉に、そう伝えた。 凪さんは、僕にレジ前に置かれていた椅子に腰掛けるよう促すと、持っていた本をそっと僕に差し出した。

「……これ、祖父がつけていた10年日記なんです」

「じゅ、10年?」

「はい。 これは、祖父の最期の日記です」

表紙には、“2013— 橋田芳治”と黒いインクで、達筆の文字で書かれていた。 

「ここら辺に……」

ページを見開きのまま、凪さんは僕の方へと日記帳を向けてくれる。 そこには、芳治さんの達筆の文字が書かれていた。

「これ、一葉さんのことじゃないかと思って……」 

右側のページを示されて、僕はそこを見る。

『2023/6/10 曇りのうち雨』

ページの一番上にはそう書かれていた。 僕は続く文字に視線を落とす。