「その、わたし、このお店を引き継いでから2か月経ったんですけど……来てくれるお客さんのこと、全然知らなくて……それに、祖父とお客さんとの思い出とかも、知りたいなと思っていて……」

凪さんは、「でも」と続ける。

「突然言われても、困りますよね。 すみません」

「え、いや……」

その時、足元で何かが動いた気がして視線を向けると、そこには先ほどの猫が僕の足の隣にぴったりとついてこちらを見上げていて、思わずわっと小さく声を上げた。

「マル! もう、すみません」

名前を呼ばれた猫は、にゃあと鳴く。

「い、いえ……。 マルって、言うんですね」

「はい。 祖父が名前を付けたんですけど、そのまんまって感じで聞いたときは笑っちゃいました。 祖父は昔から猫好きで……だから、お店にも猫の置物が多いんです」

足元でちょこんと座るマルの尻尾の付け根には、ベージュ色のまん丸模様が入っていた。

「あ、じゃあ店先の猫の置物も……」

そういえば、マルに似ていた気がする。

「あの置物は祖父のお気に入りです。 祖父はマルと撮った写真だって飾っちゃうくらい、この子を可愛がっていたんですよ」

凪さんは微笑んで、窓際にひっそりと置かれた写真立てを指差した。

「あれ……?」

ふと、何かを思い出す。 見覚えがある写真だと思った。 

このレジで撮られたフィルム写真。 そこには、笑顔のおじいさんとレジ台の上で丸まって眠っているマルが写っている。

何か、思い出せそうな気がした。 あの写真は、誰が撮った写真だろうか。 疑問をそのまま凪に問い掛ける。