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毎日、ただ呼吸をしているだけで自分の命が知らぬ間に削られていく。

それなのに、僕は毎日この部屋で、ただ万年筆を握り締めて自分の頭の中にある言葉を文字として紙に落とす。

時間は有限なのに、なんて勿体無い時間の使い方だろうかと思う。

喉のそこまで出かかった言葉を声で発するのを我慢して、ただひたすらそこに書いていくだけ。

それなのに、どうしてこんなにも息が切れて、胸が苦しいんだろう。

僕が感じるこの得体の知れない恐ろしさは、どこから来るんだろう。

万年筆を持っていない方の手で、じんわりと汗の滲んだ額を拭う。

書け、書け、忘れてしまわないように。

今、僕が思い出せる記憶を。 

いつの頃の記憶だっていいから。

今、頭に浮かんでくる景色と言葉は今の僕ではその記憶が本物か、それとも夢で見たような偽物かも分からない。

だけど、もうそれでも構わない。 本物でも偽物でも、忘れてなくなってしまうことの方が恐ろしい。

だから、書いて、形に残さなきゃ。

万年筆のインクが掠れてきた時、ふと、今日は何月何日だろうと思う。
顔を上げて窓の外を見る。 この景色、この温度と湿度は一体いつの季節だったっけ。

速まる呼吸を抑え、部屋の中を見渡す。

けれど、いくら視線を巡らせても、僕の書いたメモが部屋中に貼られてある所為でカレンダーも時計も見付からない。

壁一面、床にだって散らかして、家具にまでも張り付くしたこのメモたちは、いつだって忘れてしまう僕のための日記だ。

カレンダーを探すのは諦めて、机の上に置いている花図鑑を広げて窓の外に目を向ける。

窓の外に広がる景色を見渡して、ふと、もう雪は溶けきったのだと気付く。 いつか見た窓の光景は確か、白く覆われていて緑が見えなかった。

けれど、今目の前に広がる光景は、緑が生い茂り、冷たそうな白は見当たらない。 僕は、少しぞっとする。

雪がゆっくり解けていく、そんな景色を思い出せない。 ああ、きっと、忘れてしまっている。