スマートフォンのアラーム音で目を覚ました。 寝返りを打ってスマートフォンの画面を見ると、時刻は8:30だった。
変な夢を見たなと思った。 よく思い出せないけれど、苦しい気持ちが胸の真ん中に残っている。
ベッドから身体を起こすと、霞んだ視界に床にいくつもの紙が散らばっている光景が飛び込んできて、驚いて短く息を吸い込む。
なんで、こんなことになっているんだろうと思う。 ……ここは、どこだっけ。
分からないのは自分が寝ぼけている所為かと思って、昨日のことを思い出そうとする。
すると、昨日自分が何をしていたか思い出せないことに気付く。 頭の中に浮かぶ映像はなんだかちぐはぐで、さっき夢で見ていたことのような気もする。
じわりと、額に嫌な汗が滲む。 ただ、この感覚は知っている気がした。
不安になって再びスマートフォンを手に取ろうとしたとき、その隣に付箋がたくさんはみ出している分厚いノートが置かれていることに気が付いた。 表紙には付箋が貼られていて、[朝起きたら、まずこれを読む。]と僕の文字で書かれていた。 手に取って、表紙を捲る。
[一葉 旭 僕は記憶障害がある。]
額に滲んだ嫌な汗が、こめかみに流れる。
続きには、僕が2022年6月30日に交通事故に遭って、それから脳に障害が残ったと書かれていた。
その文字を指でなぞる。
2022年6月……。 2022年6月30日に交通事故に遭って……。 2022年6月30日に交通事故に遭って、それから、脳に、障害が……。
…………何を、言っているんだ。
ノートを持ったままあまり力の入らない足で立ち上がって、ベッドの横に置かれた紙が散乱している机の上を見る。 窓から注ぐ陽光が紙の白に反射して、眩しくて思わず目を細めた。 眩暈を感じながら、1枚紙を拾う。
[また、思い出せない]
僕の文字で、走り書きされていた。 拾い上げた紙の下には祖父から貰った、大切な万年筆が転がっている。
万年筆を拾い上げて、ふと、書かなきゃいけないと思う。 そうしないと僕は…………。
椅子に座って、ノートを捲って、書かれていることを読む。 何度かページを捲った時、こつ、こつ、と何かが窓を叩く音がして顔を上げた。
窓に、雨粒が当たっている。
それを見て、思い出す。
僕は、全てから逃げ出して、ここに来たんだ。
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