「やるか」

 男の子が完全に見えなくなってから、上村は屋台まで行き、兄ちゃんに、「一回」と言って百円玉を渡していた。

「はいよ」

 兄ちゃんは、お金と引き換えに、プラスチックの釣り針を上村に渡す。

 それを受け取った上村は、水槽の前にしゃがみ、子供達に雑ざってヨーヨー釣りを始める。
 その顔は真剣で、傍から見ると少し怖いような気がした。

「彼女にいいトコ見せてやんな」

 兄ちゃんの言葉に、私の心臓はドキリと跳ね上がった。
 完全に誤解されている。

 一方、上村の神経は、完全にヨーヨーに行っている。
 狙いを定め、輪になったゴムに釣り針を引っかける。

 思いのほか、簡単に釣り上げられた。

 青よりも水のように淡い色のそれにはカラフルな彩色が施され、見た目もとても可愛らしい。

「釣れたね」

 横から顔を出して私が言うと、上村は、「まだまだだ」と再び水槽に釣り針を入れる。
 が、二度目は水分を吸った紙が重さに耐えられなくなったのか、あっけなくプツリとちぎれてしまった。

「惜しかったねえ」

 先ほどの男の子に見せたのと同じ笑顔を向ける兄ちゃん。

 上村はそれを忌々しげに睨んでいたが、やっぱり、男の子同様、何も言わずに立ち上がった。

「ま、しゃあねえか」

 屋台を離れてから上村はポツリと呟くと、手に持っていたヨーヨーを私に差し出してきた。

 一瞬、何がしたいのか理解出来なかった。

「やるよ。俺よりも、斎木が持ってる方が自然だろ?」

 私が返事をする間もなく、上村はそれを私の手に載せた。

 水がほんの少し入っているヨーヨーは、空気だけの風船よりも重みを感じる。

「――ありがと」

 礼を言うと、上村はまた、ニッコリと私に微笑んだ。