「丸わかりで悪かったわね。いいかげん、とっととベッドに戻してよっ」
「イヤだー」
「イヤだー、じゃないっ!」
語尾を伸ばすな、語尾を!
と、見た目は熱い抱擁を交わす恋人どうし、実際は只今絶賛決闘中な二人のあくなき戦いに終止符を打ってくれたのは、突然上がったノック音だった。
スライドドアの向こうからペタペタとサンダル履きで現れたのは、痩せぎすのメガネをかけた白衣姿の男性。
その人がニコニコ邪気のないエンジェル・スマイルで歩み寄ってくるのを呆然と見つめながら、まるでイタズラを見つかった子供みたいに、晃一郎と優花は同時にピキリと身を強張らせた。
年のころは、おそらく四十代そこそこ。
「ずいぶん楽しそうだね。お邪魔してすまないが、診察をさせてもらえるかな?」
穏やかなその声は、夢うつつの中で聞いた命の恩人、『鈴木博士』のものだった。
声だけを聞いていた時、きっと優しい人なんだろうと思っていた鈴木博士は、想像通りの人だった。
鈴木始。三十八歳。
勤務医ではなく、研究をするのが仕事の、医学博士だそう。それで晃一郎が、『先生』ではなく『博士』と呼んでいたのだ。
ちなみに、優花が今いる場所も、病院ではなく研究施設なのだとか。
鈴木博士は、ひょろりと背が高くて、細身のキリンを思わせる穏やかな風貌の持ち主で、理知的で落ち着いた大人の雰囲気と、少年めいたメガネの奥の黒い瞳が印象的な、とても素敵な人だった。
どこかの、本能丸出しの狼くんとは、雲泥の差だ。
その狼くんも、キリン博士には頭が上がらないらしい。