「ああ、失礼。俺は左利きなもので」

 微妙な空気を読んだのか、晃一郎は、改めて右手を差し出す。

 それに呼応して、リュウも手を差し出だしたが、やはり握手は成立しなかった。

 リュウが差し出したのも、左手だったのだ。

「いえ、実は僕も左利きなんです。偶然ですね」

 ニッコリと、美少年然としたリュウの顔に文字通りの『エンジェル・スマイル』が浮かび、教室の数箇所でミーハーな女子の黄色い声が上がる。

「へぇ、ほんと、偶然。じゃ、せっかくだから利き腕で」

 仕切りなおしとばかりに晃一郎が左手を差し出し、リュウの左手に触れた、その刹那。

 稲妻のような赤白色の閃光が飛び交うや否や、バチバチバチ! と、空気を震わせるような鋭い炸裂音が上がった。

――何、今の……?

 網膜と鼓膜に焼きついた閃光と炸裂音。突然目の前で起こった予測不能な不可解な出来事に、優花は、まるで金縛りにあったように身を強張らせた。

 だが、それも数瞬のこと。

 ハッと我に返って、その現象の中心に晃一郎がいたことに気付いた優花は、椅子を鳴らして席を立つと教壇の方へ駆け寄った。

「晃ちゃん!?」

 教壇の前には、左手を右手で庇うように押さえながら片膝を付いた晃一郎と、同じような体制で向かい合うリュウの姿があった。

 気の毒な鈴木先生は、驚きのあまり腰を抜かしてしまったように、黒板の前で両足を投げ出して呆然と座り込んでいる。

 ずれた眼鏡が、更に哀愁を誘う。

『何?』

『な、今の見た!?』

『ねぇ、コレってもしかして、心霊現象……とか?』

『や、やめてよーっ!』

 不穏な出来事は不安を呼び、不安はさらなる不安を呼び込み、坂を転がり落ちる石ころのように加速し肥大していく。

 一触即発。

 ともすれば、集団パニックに陥ってもおかしくはないピリピリとした張り詰めた空気を破ったのは、どこか間の抜けた晃一郎のすっとぼけた台詞だった。