「そんなにあっさり元に戻すくらいなら、最初から休みの日に染めればいいのに、御堂にしては要領が悪すぎない?」

――そうそう、私もそう思うよ。

 ごもっともな玲子の言葉に、優花もこくこくと頷けば、晃一郎は少し困ったように鼻の頭をポリポリかいた。

「まあ、俺にも色々事情というものがありまして。今日じゃないと駄目だったんだな、これが」

――あれ?

 何気ないその仕草が、なぜか妙に引っかかった優花は眉根を寄せた。

 前にも、こんなやり取りをした事がある気がする。でも、いくら考えても、思い出せない。

「今日じゃないとダメ、ってどうして?」

 玲子の、シンプルかつストレートな質問にハッと我に返った優花が晃一郎の顔を見上げたら、視線がばっちりかちあった。 

――うっ。こ、これよ、これ。

 家から学校までのさほど長くもない三十分の道のりで何度もあった、ふと気づくと、視線がかち合いドキッとするこのパターン。

 決まってその視線は真っ直ぐで、物言いたげで。

 な、なんだろう?

 私、晃ちゃんに何かしただろうか?――

 考えても、答えは出ることもなく。

「まあ、色々とね……」

 言葉を濁して、晃一郎も、はっきりと答えてはくれない。

 晃一郎の挙動の不審さも去ることながら、胸の奥でモヤモヤっとした物がわだかまっていて、優花の心はすっきりとしなかった。

 たとえるなら、その答えを確実に知っているはずなのに思い出せない、『ど忘れ』のように。

 何か大切なことを忘れてしまっているような、見落としているような気がして、気持ち悪いことこの上ない。

――晃ちゃんなら、何か答えを知っている?

 脈絡もなく、そんな思いに駆られた。

 でも、質問しようにも、どう言葉にして良いのか分からない。それはあくまで、漠然としたものでしかないのだ。

――ううっ。気持ち悪いったら、ないなぁ……。

 優花は、軽く眉間にシワを寄せたまま、答えを求めるように、クラスメイトと髪色の変化について楽しげに会話する晃一郎の横顔を見上げた。

 その時だった。

 穏やかだった晃一郎の表情が、一瞬にしてガラリと険しいものに変わった。

 急に黙り込んだと思ったら、教壇がある方の、教室の出入り口のドア。

 そこに、まるで睨みつけるような鋭い視線を投げつけている。