「・・・理津子さんは、ちょっと僕の想像を超えてましたね」

 ある日曜日の午後。
 外は梅雨も明けて、夏本番のトースター地獄。
 店内は古書の保存状態を考えた空調設定で、案外ヒンヤリ。
 まるで外界から切り離されたかのような別世界で、叶さんの入れてくれた紅茶をいただきながらの休憩時間。
 有線から流れるクラシックだけがBGM。耳障りな喧騒も無い、極上のひととき。
 意味が読み取れず小首を傾げるあたしに、彼はふっと笑みを零した。

「いえ。そんな貴女だから欲しくなった」

 え? 

「・・・はい?」

 ティカップをソーサーに戻す仕草はいつも通りで、あたしを見やる眼差しも・・・いつもより少し真っ直ぐで、・・・心臓がドクリと跳ねる。

「もし良かったら、ここに来ませんか。今のお仕事と変わらないだけの手当はもちろん出しますし。これからもずっと・・・僕を手伝ってもらいたいんです。理津子さんに」 

 そ。
 ・・・それって、単に仕事の話・・・ってこと・・・よね?
 どきどきと早打ちする心臓に、落ち着け落ち着けと言い聞かせながら、どうにか取り繕う。どうにか・・・ううん、かなりギリギリのところで。

「あ、・・・りがとう、ございます。そう言ってもらえて・・・嬉しいです。えーとただ、そのちょっと考えさせて欲しいというか・・・。あっ、嫌だとかじゃなくてすぐに会社辞められるか、とか・・・そのへんが」

 最後のほうは営業用の愛想笑いみたいになっていたと思う。
 何を勘違いしそうになってんだか。
 すると叶さんは、本当に君ってひとは、とクスリと笑った。

「好きですよ、理津子さん。だから僕のところに来て下さい」

「△#◎◇$※&っっ?!」



 そのあと、狼狽えまくってまともに顔も合わせられなくなったあたしの隣りに席を移動して来た叶は。

「可愛いすぎて、どうしようかと思う」

 にっこり笑って、一度目は軽いキス。 
 それから。
 腕を伸ばしてあたしの頭の後ろをやんわり掴まえ。
 ・・・深いキスを何度も落とした。

 あたしの何が想像以上だったのか。あの時のことを訊ねると、彼は悪戯っぽく目を細めた。

『もっと早く僕に堕ちると思ってたのに、リツが頑張り屋さんだから』