刹那。
 何かが弾けたように、意識だけが覚醒する。
 
 〝売られた〟のだと、血の気が引いた。
 これが叶の言うあたしの役割だったのか、と。
 駆け引きの道具?
 男の欲望と引き換えの。
 
 うそ。
 うそでしょ、叶。

 だって。そんなはずない。樹も。あたしを騙してたなんて。そんな。

 心が闇に。引きずり込まれてく。
 全てが暗闇に。
 いっそ本当に何も見えなくなっちゃえばいい。見たくない、もう何も・・・!

 躰ごと固まったあたしの耳許に樹の声がした。
 一言、「リツコ」・・・とそれだけ。
 それだけだったのに。

 その瞬間を信じたあたしを救ったのは、神様? それとも。







『そうさせていただきましょう』

 叶が言うのを聴いた後。
 低くくぐもった呻きと、ドサッと何かが足許の方に落ちて。静かになった。

「・・・リツ」

 叶の指があたしの頬に触れた。
 いつもの、甘く優しい声。

「残業時間はおしまいだよ。ご苦労さま」

 目隠しはまだそのまま。
 今度は、髪を撫でられて。

「後片付けが済むまで、もう少し待ってて」

 まだ茫然としているあたし。
 すると樹に抱き上げられて、違う場所に移動させられるようだった。
 足の運びで階段を昇っているのが判る。
 ということは地下にいたのだ、今まで。
 あたしの下を窺うような仕草に、樹の漏らし笑いが聴こえた。

「シアターサロンがあるんだよ。防音バッチリのな」