ひと月半くらい前くらいからだ。
 叶は、自分の留守の間を樹に任せるようになった。
 
『樹、リツを頼むよ』

 決まり言葉のように笑み。
 あたしには必ずキスを落として、出掛けてゆく。

 樹が近くに住んでいるのか、そうでないのかも知らない。ただ彼が紙宝堂に姿を見せる日は、叶がいない日。・・・そういう図式が出来上がっていた。

 最初は距離を於いて、あまり樹に近付かないように。
 ・・・別に警戒していたとかじゃなく、単にどう接していいのか判らなかっただけで。
 業を煮やした?樹があたしに声を掛けるまで、かなり白白しい空気が漂っていたと思う。

『リツコサン』

 さん付けで名を呼ばれたのは久しぶりだった。
 そう言えば。叶はいつの間にか、リツとしか呼ばない。

『・・・そんなに俺が怖いか?』

 溜息雑じりに樹が言った。
 首を横に振る。

『じゃあ何を怖がってる?』

 怖い・・・。
 警告灯が。頭の隅で激しく点滅を繰り返す。
 自分が・・・怖い。
 これ以上樹に近付かれたら。
 止められそうにない自分が怖いから。もう近付かないで・・・。

 あたしから逸らした目。
 彼には見透されたようだった。

『・・・逃げんな』

 あたしの顎に手を掛け、上を向かせた樹は。

『試してみろよ。・・・そしたら判るだろ、全部』 

 
 ・・・あたしは叶が好きなの。
 でも、樹を拒めないの。
 これって何なの?


『お前は俺に惚れてんだよ』

 樹はシニカルに笑った。