紙宝堂に来て初めて、叶の知り合いらしき人と遭遇した。
 12月も間近の、冬の始まりの頃。
 その時はちょうど古書の買い付けに出掛け、叶は留守だった。

 店の入り口から入ってきたその男性はパッと見、お客には見えなかった。
 三十代前後。B-3の革ジャンにジーンズ。足許はウエスタンブーツで、バイクのヘルメットを手にしたライダー。
 どう見ても場違いな、・・・入る店を間違えたんじゃ、と即座に思ってしまった位に。
 向こうは向こうで、あたしが居るのを驚いた風で一瞬視線が固まっていた。

「い・・・らっしゃいませ」

 とりあえず。
 客だろうとなかろうと、これは接客の基本だ。

「あー・・・叶、いる?」

 ぶっきらぼうな訊ね方に、初対面の印象はそこそこ悪い。

「・・・申し訳ありません。外出しておりまして」

 ほんの少し愛想を乗せて口許だけ緩ませる。
 つい数ヶ月前まで日常だったやりとりだ。この手の対応は慣れてると言うか、体が覚えていると言うか。

「なら、待たせてもらうわ」

 言うと、男はホールの円卓席にどっかりと腰を下ろした。
 あたしは何も訊かずに紅茶を入れ、テーブルに置くとそのまま自分の仕事に。 
 それから40分ほどして叶が戻るまで互いに一言も喋らず、それが樹(いつき)とのファーストコンタクトだった。