「なんですか課長、その意味深な笑いは?」

 場所柄をはばかって若干不機嫌さを滲みださせた小声で言いつつ、チラリと隣に佇む課長の横顔に視線を走らせたら案の定、愉快そうに口の端を上げている。

「いや、別に。なんでもない」

 そう言って、また喉の奥でクスクスと笑う。

「なんでもないのに笑わないで下さい、気になりますから。何か変だったら、はっきり言って下さいね。会社の恥にはなりたくないので、私」

 あくまで小声で、でも課長には声が聞こえるようにと、耳元に口を寄せて早口にそれだけを言ってすぐに身を引く。

「いや、別に変だというわけじゃいんだ。ただ……」

「はい?」

 言葉の続きを待ってたら、課長はふっと目元を和らげた。それは、特別な記憶に思いを馳せるようなとても穏やかで優しい表情で、思わずドキンと鼓動が波打つ。

「人間、年を重ねても、なかなか本質は変わらないものだと思って」

 本質? 

 それって、私のことを言っているのだろうか?

 それとも、課長自身のこと?

「変わらないから、本質なんじゃないですか?」

 思いついたまま素直にそう言うと、課長は再び口の端を上げた。

 でも、今度の笑みはどこかさみしげで。

「そうだな……」

 落とされた呟きもやはり、心なしか元気がないような。

 何か言葉をかけようとした時、『チン』とベル音が鳴り、目的階へ到着したことを告げた。

「さあ、行こうか」

「はい」

 一歩先を踏み出した課長の横顔からは、もうさっきまでの愁いを含んだ表情はきれいに払拭されていた。

 そのいつも見慣れているはずの『ニコニコ営業スマイル』がなぜか寂しく感じてしまうのはどうしてだろう。

「高橋さん?」

「は、はい!」

 いけない。仕事だった。ぼんやりしてはいられない。

 よけいなことは考えない。

 今は、パーティでヘマをしないように、その最低ラインだけを考えよう。