美加ちゃんに心からのお礼を言い、自前のシンプルなグレーのパンツ・スーツに身を包んだ私は、課長の待つ一階のエントランスに急いだ。
我知らず、心がせいだ。
このメイクを見たら、なんて言うだろう?
気が付かないかな?
気付いても、何も言わないかな?
そんな胸の高鳴りを必死に抑えながら、一階に着いたエレベーターを降りて、課長の姿を探してエントランスに視線を巡らせた。
でも、どこにもいない。
もう一度、今度は少し丹念に視線を巡らせる。
退社する人波のピークを過ぎた一階の受付フロアには人がまばらで、人を探すのはたやすい。でもやはり課長の姿は見つからない。
受付の女の子は定時で上がってしまうから、聞くこともできないし。
あせって腕時計に視線を走らせると、五時四十七分。約束の十五分よりも、二分の遅刻だ。
――まさか、一人で先に行ってしまったとか、ないよね?
そんな不安が募っていく。
不意に、九年前、東悟が突然姿を消してしまった時のことが脳裏をよぎり、芽生えた不安は急速に膨らんでいく。
どこに行ったのか、
どうして姿を消したのか、
考えて考えて、考え疲れるくらいにまで考えて。
それでも、とうとう答えは見つからなかった、あの苦い記憶。
「ばか、何やってるのよ、あんたはもう十八歳の世間知らずな女の子じゃないんだから、しっかりしろっ」
低く言い捨てるように自分に言い聞かせ、バッグからスマートフォンを取り出し、登録してある番号にダイヤルする。
仕事上必要になるからと、始めに教えられた課長のスマートフォンの番号。まさか、こんな形でかけることになるなんて思いもよらなかった。