「いいなぁ~梓ンパイ。課長の補佐なんて、いいなぁ~」

 いくない。ぜんせん、いくないっ!

 羨ましそうに私の顔を覗き込んでくる美加ちゃんに、私はブルブルと頭を振った。

 だって。
 東悟本人ならこれ以上気まずい事はないし、偽物なら、東悟と同じ顔を間近で見なきゃならないんだから、これも気まずい。

 どっちにしても、気まずい事には変わりがない。導き出される結論は言うまでもなく。

 お近付きに、なりたくないっ!

 コツコツコツ。近付いてくる足音に、私は硬直したまま視線が上げられない。

「あ、谷田部課長、初めまして工務課の佐藤美加で~す! で、こっちが、社長が言っていた古株の高橋梓センパイで~す!」

 ああ、もう。なんで木村課長は、病気になんかなったんだろう。

 というか、よりによってなぜここに、私が居る会社の同じ部のそれも課長として、東悟が赴任するわけ!?

 この期に及んでそんな事を考えている私の前で、近付いてきた人影がピタリと止まった。

「――高橋さん」

 その声で名を呼ばれて、ドキンと鼓動が跳ねる。

「どうぞよろしくお願いします」

 俯いたままの視界に、握手を求める大きな手のひらが入ってくる。

 長い指先も、爪の形さえも、あの頃のままで――。

 間違いない。

 間違えるはずがない。

 おずおずと上げた私の視線の先には、別れてから九年間、どうしても忘れることが出来ないでいた、元恋人の姿があった。