「課長まで私に付き合って、毎日残業することは無いと思いますけど……」
「どうぜ帰っても一人だし、やることもないからね。気にしない気にしない」
柔らかい声には、笑いの微粒子が含まれている。
課長の自宅は東京都内にあって、関東の一県にある我が社に勤務するために、単身赴任をしてきているのだとか。
まあ、高速道路を使えば一時間半、多く見積もっても二時間もあれば余裕で帰れる距離ではあるけど、なぜかアパートで単身赴任。
それを課長から聞き出した美加ちゃんは、喜び勇んですぐさま教えに来てくれた。
でも、私としては、どう反応して良いのか分からなかった。
少なくとも、『嬉しい!』と、能天気に喜ぶことが出来なかったのは確かだ。
「経験値が低くても、猫の手くらいには役に立つだろう?」
「そ、それはそうですけど、なんだか申し訳なくて……」
気が散るんです、散りまくるんです。
帰って欲しいんです、帰って!
そんな念波を飛ばしてみるけど、エスパーならぬ常人である私の気持ちが課長に届くわけもなく、
「仕事に遠慮はいらない。使えるものは、どんどん使ってくれて良いから」
なんて、図面台の脇からニコニコスマイルを向けられて鼓動が早まってしまう私は、ミジンコ並に掬いようがない。