「東悟、東悟、東悟、東悟-っ!」

 やけっぱちの名前連呼攻撃で、ぜえはあ息が上がってしまった私の脇を、高校生くらいのカップルがクスクス笑いをもらしながら通り過ぎていく。

 その声にハッと現実に引き戻され全身に駆け巡るのは、これでもかと自己主張する羞恥心。

 あああああ。

 恥ずかしい。恥ずかしすぎる。

 いい年して何やってるの、私たち。

 恥ずかしさでもう脳内パンク寸前の私に、これでもかと、先輩の追い打ちがかかる。

「良くできました。んじゃご褒美を」

 笑いを含んだ声と共に唇に走ったのは、今までに経験したことがないほどの、柔らかい感触。

 それは本当に一瞬の出来事で、何が起こっているのか理解する間もなく、その感触はすぐに消えてしまった。

 近づきすぎてピンボケだった先輩の顔が少し離れて、呆然と見つめる私の目の前ですっきりと像を結ぶ。

 くっきり二重の黒い瞳が少し照れたような色をたたえて、それでも真っ直ぐに私の視線を捉える。

 そして先輩は微かに口の端を上げて愉快そうに笑いながら、今日何度目かのセリフを吐いた。

「良くできました」と。 

 もう、自分の敗北を認めざるをえない。

 私は、この人には敵わない。

 そしてたぶん、愛さずにはいられないだろうと、驚きや羞恥心よりももっと心の奥深い場所で、私はそう感じていた。