さあはいどうぞって言われても、いきなり呼び捨てになんかできるわけない。

 そう思うのに、期待の眼で返事を待たれたら、言ってみようか? なんて思ったりして。

「何事も練習練習。さあ、言ってみ?」

 スッと更に顔が寄せられ顔に血が上り、思わず、そぞろ歩きだった足が止まる。

「と、東悟……先輩?」

 更に距離がつまり、目の前、五十センチ。

「先輩は、ナシ」

 ズイっと更に近づき、その距離実に、三十センチ。

 うわー、イケメンは近くで見てもイケメンだぁ。

 って違うっ、顔が近い、近いってばっ。

 公衆の面前で何をするんだこの人!

 これ以上近づいたら、きっと貧血を起こして倒れてしまう。

 それを回避しようと、なけなしの勇気を振り絞り、おずおずと口を開く。

「……東悟……さん?」

「さんは、いらない」

 スッと近づく限界点。

 近づき過ぎて、もうピンボケになった先輩の息遣いを頬に感じて、プチリと心の中で、何かが切れた。