『少し歩くから、履き慣れた靴と動きやすい格好で』と言われていたので、悩んだ末、服装はデニム地のシャツとブルージーンズ、靴は普段から履いている白いスニーカーという、およそ初デートには不似合いなものに落ち着いた。
それにしても『少し歩く』って、先輩はどこに連れて行ってくれるつもりなんだろう? 『場所は、行ってのお楽しみ』と言っていたけど。
悪戯っぽく笑った先輩の笑顔が脳裏に浮かんだとたんに、ドキドキと早まる鼓動。
鏡の中を覗けば、白い頬をほんのり赤く染めた見慣れない表情の自分の顔がある。
初めてのデートだから?
それとも、相手が先輩だから?
ピンポーン――。
鏡の中の自分に問いかけていた私は、不意に上がった玄関のチャイム音に、ハッとして腕時計に視線を走らせた。
げ、もう八時!?
三時に起きてから、実に五時間経過している。
こんな集中力が自分にあったなんて、驚きだ。
そう感心する一方で、あまりの己の要領の悪さに覚えた軽い目眩を、ブンブンと頭を振って一掃した。
よし、行くぞっ!
バンドバッグをむんずとひっつかんだ私は、鏡の中の自分に渇を入れ、来訪者の元へ向かった。