「やっぱり、シンプルに『梓』かな? よし、梓にしよう。うん、これからは、梓って呼ぶよ」
すっと耳元に落ちてくる心地よいテノール。どこか優しい響きを持った声音で名を呼ばれて、ただでさえ早い鼓動に拍車がかかる。
内心、動揺しまくりの私に向けられる先輩の瞳はどこまでも愉快そうで、なんだか、私の心の内なんか全部見通されているような気がする。
それにしても。
いきなり呼び捨ては心臓に悪いです。
「で、この間の答えは?」
「な、なんの答えですか?」
「俺と、デートする話し」
頬杖を付きながら至近距離でニッコリ満面の笑顔で見上げられて、思わず思考停止しそうになる脳細胞に発破をかける。
こ、ここで怯んじゃだめだっ、私!
「じょ、冗談じゃなかったんですか?」
なんとか、掠れた声を絞り出す。
「俺は、冗談で女の子をデートには誘わない」
そのニコニコ笑顔が、充分冗談っぽいんですが、先輩。
「私、知ってますよ。先輩と同じゼミの佐原さん、彼女と付き合ってるって聞きました。あんな美人の彼女さんがいるのに、どうして私なんか誘いますか? 言いつけますよ!」
「それはちょっと違うな。付き合っているんじゃなくて付き合っていた、つまり過去形。ということで、今は綺麗さっぱりフリー。だからデートしようや」
今は、彼女いないんだ……。
って、喜ぶな、私っ。