ちらりと上げた視線の先で、少し鋭どさを感じさせる強い瞳が、愉快そうに細められている。
「だからって、いきなりデコピンするのはやめて下さい。よけいにシワが深くなります。それに、眉間に縦じわが寄るのは遺伝です。文句があるならご先祖様に言って下さい」
ドキドキと早まる鼓動と上気する頬。
それを悟られまいと渋面を作って、落ちかかった鼻の上のメガネフレームを人差し指でずりあげつつ私は手にしていた文庫本に視線を戻し、どうにか平静を装った。
「へぇ……」
「何ですか、榊先輩」
「いや、メガネちゃんも言うようになったと思ってね。出会った頃は、俺の言うことは素直に『はいはいっ!』って聞いてたのに、今じゃ見る影もナシ。女ってのは……」
『出会った頃は』なんて言ったって、ほんの数週間前の事じゃない。
だって、何だかんだと理由を付けては、四六時中ちょっかい出してくるのは、あなたでしょうが。
こうも毎回毎回からかいモード全開で来られたら、いくら私でも、対処法を学びます。
そりゃあ、内心は、心臓バクバクものだけど……。
教えてやりたい本音と絶対知られたくない本音。結局どちらも言葉にはできずに、私は有る意味一番切実な『お願い』を、口にした。
「メガネちゃんって呼ぶの、やめてください。私には高橋梓ってちゃんとした名前があるんですから」
「う~ん。梓ちゃん……ってかんじじゃないな。あずっち、あずりん……」
指折り数えて私の呼び方を物色し始めた先輩の放った言葉に、思わずギョッとする。
誰が『あずりん』だ!
そんな呼び方をされた日には、私はきっと恥ずかしさで悶え死ぬっ。