「ああ。会社の同僚なんだ」
「カイシャのドウリョウ?」
「そう。同じ工務課の、佐藤さんと高橋さんだ。パパがお世話になっている人たちだから、ちゃんとご挨拶をするんだよ」
諭すように言う優しく響く低音の声もその穏やかな表情も、私の知っているどの東悟とも違う。
私は、こんな表情をした彼を見たことがない。
あんなに大好きで、なんでも分かっているつもりだったあの頃の私。
だけど、今はこんなにも遠い。
課長の説明に納得がいったのか、少女の顔にニッコリと邪気の無いエンジェル・スマイルが浮かんだ。
キュッと下がる目じり。
やっぱり、この子は課長に似ている。
「谷田部真理ですっ。パパが、おセワになります!」
少女が『ペコリ』と礼儀正しくお辞儀をするのを、私は、ドキドキと跳ね回る自分の鼓動を他人事のように聞きながら、ただその情景を目に映していた。
――ああ。
たぶんこれは、天罰だ。
私は心の何処かで、このことを予想していた。
だって、成人男性の名字が変わる理由なんてそう多くはない。
『親が離婚』したか、もしくは『本人が結婚』したか――。
私にだって、それくらいのことは最初に想像がついた。
榊東悟は谷田部家の婿になって、谷田部姓になったのかも?
ううん、きっと違う、他の理由があるんだ。
そう自分に言い聞かせながらも、私は心の何処かで確信していた。
なのに敢えて聞かなかった。
『そうだ』と聞いてしまえば、私のこの思いは絶対叶わないものに変わってしまう。
それが怖かった。
だから、これは天罰。
確かめることもせずに現実を見ようとしなかった、優柔不断で、ずるい私への天罰だ――。