「あれ? 今の声、谷田部課長に似てませんでした?」

 美加ちゃんも気付いたらしく、きょろきょろと周りに視線を巡らせている。

 でも、私は動けない。

 ある予感が胸を過ぎり、動けない。

 金縛り状態で前方に固定された私の視線の先を、右から左へ、小さな人影がゆっくりと駆け抜けていく。

 年の頃は、たぶん五、六歳くらい。

 パステルピンクのワンピースに赤いサイドポーチを肩から斜にかけた、とても可愛らしい女の子。

 好奇心と希望に満ちあふれた黒目がちの大きな瞳と、ほんのりと上気したプクリと丸みを帯びた頬。

 彼女が動くたびにツインテールの髪がひょこひょこと上下して、その白い頬をサラサラと撫でる様は、まるで子ウサギのようだ。

 その容姿に感じる、悲しいほどの既視感(デ・ジャブー)

 少女の面差しは『ある人』を思い起こさせ、私の鼓動はますます大きく跳ね回った。

 まさか。

 そんな偶然、あるわけがない。

「あれぇ、谷田部課長じゃないですか? 課長、谷田部課長ーっ!」

 素っ頓狂な美加ちゃんの声が、嫌な予感を現実に変えていく。

 私は美加ちゃんがブンブンと手を振るその方向へ、ぎこちない動作で視線を向けた。

 距離にしてほんの七、八メートル。

 その人は、声の主を求めるように視線を巡らせ、私達を認めて足を止めた。

 まるで吸い寄せられるように、真っ直ぐな黒い瞳と視線が交差した刹那。一瞬、その瞳に揺れたのは確かに『驚き』の色。

 それを、私は見逃さなかった。