「お母さん、言ってて恥ずかしくない?」

「恥ずかしいものですか。女は何歳(いくつ)になっても、恋愛にはロマンチストな乙女心を忘れないものよ」

 母は背筋をしゃんと伸ばして、子供の頃にしてくれたように私の頭をポンポンと撫でながら、穏やかな声で言葉を紡ぐ。

「梓、もしも迷っていることがあるなら、自分の気持ちに正直になりなさい。『誰が』ではなく『自分が』どうしたいのかを考えれば、おのずと答えは見えてくるものよ」

 そして、母はこの上もなく優しい笑みを浮かべた。

「それでもし傷付いたときには、お母さんのところに帰っておいで。おいしいご飯をお腹いっぱい食べさせてあげるから」

 なんだか胸がいっぱいになってしまった私は、ただ無言でコクリと頷く。

 闊達と歩き去る母の背を見送りドアを閉めれば、部屋に残されたのは、私一人。

 一抹の寂しさと心細さが胸を過り、それを払拭するように、ぶるぶると頭を振った。

 一人暮らしにも、いい加減慣れたはずなのに。

 久しぶりに母の顔を見て、里心がついてしまったのかもしれない。

 食事の後片付けを済ませ冷蔵庫を覗けば、母の言った通り、タッパー入りの煮物やおかずがぎっちりと詰まっていた。

 そしてなぜか、酎ハイや缶ビールやおつまみも、てんこ盛りに詰められていた。

 もしかしたら、昨夜は、一緒に飲もうと思って来たのかな?

――まったく、お茶目さんなんだから。お母さんってば。

 自分の母親に対して言うのもなんだけど、憎めない人だ。

 そして、可愛い人。

 私も、いつかその時が来るのなら、母のような母親になりたい。

 素直に、そう思う。

――ありがとう、お母さん。