目を合わせたら、だめだ。
経験上、私は、この母に嘘をつけたためしがない。
課長との付き合いに関して言えば、つい昨夜、『好きだ』とお互いの気持ちを伝え合ったばかりの現状では、嘘をつく必要はないんだろうけど。
昨夜、蛇親父に襲われそうになって薬を飲まされたあげく病院送りになったこととか。
課長には、お義父さんが決めた婚約者候補がいることとか。
実は、課長は、日本を代表する大企業グループの後継者なんだとか。
その他、モロモロ、モロモロ。
あまり話題にしたくないことまで喋らされそうで、目を合わせられない。
「ふーーん。そうかそうか。お母さんには言えないお付き合いなんだ?」
「ち、違うよ! お付き合いも何も、まだ、お互いの気持ちを伝えあったばかりで、やましいことなんか何もないからっ」
「ほうほう。やましいこと、ねぇ……」
ちらりと上げた視線が、ばっちり捕まる。
――しまった。思わず、目を合わせてしまった。
白状させられるっ。
ぴきっっと、動きを止めた私を面白そうに見やり、母は自分の腕時計に視線を落とす。
「残念だけど、タイム・オーバー。もうそろそろタクシーが着くから、お母さん、行くわね」
――よ、よ、よかった。助かった。