「ご飯、作ってあるから起きなさい。母さんは用事があるから、食べたら行くからね」

「……え? 用事って、私に会いに来たんじゃないの?」

 確か昨夜、そう言ってたような気がするんだけど。

 忙しくてなかなか帰れないから、しびれを切らして会いに来たのかと思ったのに。

「あら、そうよ。『それ』も、用事の一つ。もう一つは、学生時代の友人の結婚式に出席するためなの」

 ニコニコとほほ笑む母の顔を、ぽかんと見つめる。

「え、結婚? って教え子じゃなくて友達の結婚式?」

「そうよ。(はら)道子(みちこ)って、梓が小学生くらいの時によく家に遊びにきていた背の高い女性(ひと)覚えてない?」

「あ、うん。覚えてる。いつも美味しいケーキをお土産にもってきてくれたような……」

 特に、生クリームたっぷりな窯焼きシュークリームが絶品だった。

「彼女、五年前に旦那様を病気で亡くしてずっと一人だったんだけど、縁あって良い男性(ひと)と出会えてね、まあ、めでたく華燭(かしょく)(てん)を挙げることになったわけよ」

「そう……なの」

 とてもおめでたい話だけど、私的には『旦那様を病気で亡くして――』という方に粛然(しゅくぜん)としてしまう。

 いつだって別れは辛い。そして哀しい。

 死別なら、なおさらだ。

 父が交通事故で亡くなった時の母の姿や、その時の感情を少しだけ思い出してしまった。

「ほーら、せっかくのご馳走が、冷めちゃうでしょ? 早くいらっしゃい」

 そんな私の気持ちの変化を見透かしたように、母は優しく微笑(ほほえ)んだ。