目をつぶったまま、渾身の力を込めてジタバタと身じろぎをする。

 でも、ギリギリと締め付ける力が強まるだけで、一向に状況は好転する気配がない。

――喰われる!?

 頭上で、大蛇が鎌首をもたげる気配に、思わずギュッと身をすくめる。

 次の瞬間。

『こーらこら、悪さをしちゃ、だめでしょうが』

 なんとも、のんびりとした声とともに、私の体から、大蛇がスルスルと引きはがされてしまった。

恐る恐る目を開ければ、目の前にいたのは、茶色いハンチング帽をかぶった等身大のキジ猫。

どこかで見たような、そうまるで、某・名探偵ホームズのような格好だ。

 ひょうきんな丸メガネの奥のつぶらな瞳は、ニコニコと愉快そうに笑んでいる。

「あ、ありがとうございます……」
 
 命の恩人のキジ猫さんに深々と頭を下げれば、彼は、『いいえ、お礼なら、あの人に言ってあげてください。あなたの身を一番案じていた人物ですから』と、闇の向こう側を指さした。

「え……?」

 肌色のプ二プ二した肉球が付いたふさふさの手が指し示す先に、ゆるゆると視線を移す。

――まぶしい。

 そこだけ、後光が射しているみたいに光り輝いていて、まぶしくて何も見えなかった。

 ただ、そこにある懐かしい気配に、思わず熱いものがこみ上げる。

『    』

 私は、そこにいるはずの人の名前を呼ぶ。でも、自分の声が聞こえない。

『    』

 もう一度、名前を呼んでみる。でもやっぱり、自分の声は聞こえない。

――なんで?

 よく知っている名前なのに。

 ずっと呼びたかった名前なのに。

 ちゃんと声に出して呼んでいるのに、どうして聞こえないの?

 名前を呼ばなければ、あの人は、きっと私に気付かない。

 哀しくなって、ポロポロと涙があふれ出す。

『だいじょうぶ。君は言えるよ。彼もきっと君の言葉を待っているはずだから。勇気を出して言ってごらん?』

 ポフポフと、キジ猫さんが私の頭を優しくなでる。

 その言葉と温もりに励まされて、私は、もう一度勇気をふりしぼる。