六畳間の寝室に入り部屋の明かりをつけると、奥にある壁際のクローゼットに着替えを取りに向かう。

 部屋着のTシャツと七分丈の黒のスパッツを取り出し、すぐ横にあるドレッサーの椅子の背もたれにかける。

 無意識に一連の動作をしながらも、居間にいる母と課長のことが気になってしょうがない。

 時間帯を考えて声のトーンを落としているせいだろうか、何やら、楽しげな母の話し声が漏れ聞こえては来るが、内容までは聞き取れない。

――お母さん、課長に、変なこと言ってないでしょうね?

 これは、さっさと居間に戻った方がよさそうだ。

 制服のベストを脱ぎブラウスのボタンを外しながら、何気なくトレッサ―の鏡に映る自分の姿に視線を移す。

 瞬間、ドキッと、鼓動が跳ね上がった。

 白いブラウスの襟元を派手に汚している、毒々しいワインの赤。

 それとは別に、首筋から胸元にかけての肌に散っているのは、小さな花びらのような、薄紅の点。

 我知らず、目を大きく見開く。

――う、うそ……これって。

 震える指先で、『それ』をこすってみるけど、それくらいで消えるはずがない。

「っ……」
 
 こみ上げたのは、それを刻み付けた人物に対する、怒りや憤り。蘇る恐怖と、入り乱れる羞恥心。そして、それらよりも大きく私の心を占めたのは、哀しみだった。

――これ、課長も、気付いた……よね?

 気付かないわけがない。
 私を気遣って、言わなかっただけだ。

 ギュッと唇を噛んで、無言でドレッサーの上のウェットティッシュを、二回、三回と大量に引き出し、首筋をごしごしとこすった。