「遠慮しないで上がってくださいな。狭い所ですけど」
「それでは、少しだけ」
母の笑顔攻撃を、課長はやんわりと受けて立つ。
すっかりこの場を仕切っている母に、『ここは、私の部屋なんですけど?』『そもそも、なんで、ここにいるの?』と言いたいのをぐっと飲み込む。
さすがにここで、母娘ケンカする気力は残っていない。
完璧に目が覚めたらしい絶好調の母を先頭に、課長、そしてすっかりお疲れモードの私が居間へと入っていく。
家具調のコタツテーブルにローソファー。
勝手知ったる我が城のつつましいくつろぎスペースに、『さあ、どうそどうぞ」と課長を座らせると、母はいそいそと隣接するキッチンスペースへと足を向ける。
「眠気覚ましに、コーヒーでも入れましょうね」
「ありがとうございます」
「あ、私がいれるから、お母さんはもう休んでいいよ。寝てるところ起こしてごめんね」
これ以上課長に接近させると、何かよからぬ方向へ話が進みそうな気がする。気遣うフリをして、母と課長を引き離しにかかる。
「梓、あなたは先に着替えなさいね。ブラウス、お水につけておかないと染みになるわよ?」
――うげっ!?
なんで、そんなトコまで見てるの!?
って、さすがに、白地に真っ赤な水玉模様は、目立つよね……。
「あ、これ、食事の時に、ちょっと……」
「ワインでもこぼしたんでしょ? けっこう匂うわよ」
「え、そうかなぁ。あははは……」
まさか、某・変態蛇親父に、無理やり口移しに飲まされました、などと言えるはずもなく。
私は、胸元を手でかき寄せると、隣にある寝室へと小走りに逃げ込んだ。
――恐るべし、母のチェック機能。