「え……えっと、この人は、会社の上司で――」

 私が引きつりまくりの笑顔で、しどろもどろの紹介を試みれば、

「初めまして。夜分にお邪魔してすみません。私、太陽工業の工務課で課長をしております、谷田部東悟と申します」

 と、内心はどうにしろ、完璧に落ち着き払った物腰で自己紹介をしてくれた。

 さすが、課長。ぐっじょぶ! と、思わず心の中で親指を立てる。

 でも、対する母も負けてはいない。

「課長さんでしたか。娘がいつもお世話になっています。『こんな所』で立ち話もなんですから、上がって下さいな」

『こんな所で』の部分だけ、妙に力がこもっているように感じるのは、気のせいですか?

「ほら、梓。何を、ボケっとしているの。上がっていただきなさい」

 有無を言わせぬ、満面の笑顔攻撃に思わずビビる。

 私の母、高橋幸恵(さちえ)は、普段は朗らかで気の良いおばちゃんだ。

 でも、小学校の教師という職業柄か、鉄壁の正論、それも笑顔全開で攻めてくるため、私は、今まで一度としてまともに反論できたためしがない。

 気恥ずかしくて口にはできないけど、父が交通事故で亡くなった後、女手一つで私を育て大学まで出してくれたという、感謝の気持ちは大きい。

 親としても女としても、尊敬しているし大好きだ。けど。

――こ、怖いよ、お母さん、その笑顔。