思考が変な方に逃げるのは、心臓の暴走を止めるため。

 それと、すぐ隣にある課長の気配を意識しすぎないようにするため。

 今日の私は、自分でも分かるくらいに感情の振り幅が大きい。

 また頭に血が上って、挙動不審になりそうでちょっと怖い。

 胸の高鳴りとほんの少しの恐怖心。

 そして生まれる、妙な焦燥感。

 ごちゃまぜになった複雑怪奇な感情を持て余しながら、課長と二人肩を並べて無言で歩く。

 エレベーターを降りてからのほんの短い距離を、ひたすら歩き、部屋の前まで着いた私は、ハンドバックから鍵を取り出し黙々とドアを開ける。

 カチャリと、キーロックの外れる音が本日終了の合図。

 ドアを開ければ、そこは、懐かしの我が家。

――ああ、これで、終わり。

 そんな悲しみにも似た焦りが、心の中でむくむくと膨らんでいく。

「ありがとうございました……」

 私は、課長の顔を見ることができずに、部屋を背にして頭を深々と下げた。

「今夜はゆっくり眠って、明日は会社を休むこと。出てきても仕事はさせないから、ぜったい部屋で安静にしているように。これは上司命令な」

「う、あ、……はい。わかりました」

 チラリと視線を上げれば、笑いを消した真面目腐った表情の課長の顔がすぐそこに。

 視線がばっりち捕まり、外せない。

 実は内心、『会社に行って仕事をした方が気がまぎれるー』とか、『会社に行っちゃえば、まさか帰れとは言われないよねー』とか、ひそかに出社を目論んでいた私は、ズバリとピンポイントで釘を刺されて、うろたえ気味に相槌をうつ。

――す、鋭い課長。

「それと――」

 ためらうように、途切れた言葉。

 視線を外すことも動くこともできずに、私は言葉の続きを待った。

 でも、課長は沈黙したまま、すうっと目を細める。

 捉えられたままの視線が熱を帯び、ドクンと、また鼓動が変なふうに跳ねまわる。