「……あ、ああ。おはよう」
気だるそうな低音ボイスが、そう広くもない室内に静かに響く。
声の主、谷田部課長は、横になったまま左腕を上げて腕時計に視線を走らせた後、ゆっくりと体を起こした。
額に落ちかかる前髪に、ドキンと鼓動が跳ねる。
な、な、なんで、あなたがここで寝ているの!?
む、昔はどうあれ、今はただの上司と部下なのよっ!
酸欠の金魚よろしく口をぱくぱく開け閉めしている私に、課長は至極落ち着き払った態度で『スマホが鳴っているよ』と、床に置いてある私のバッグを指さした。
あ、ああ、電話!
慌ててバックから引き出したスマートフォンの着信窓に表示されていたのは、『佐藤美加』の文字。
み、美加ちゃんだっ!
ど、ど、どうしよう。この状況を、どう説明すればいいんだろう!?
いや、落ち着け、落ち着け!
『スマホじゃ、この部屋に谷田部課長が居るなんて分かりやしないんだから』。
パニック一歩手前でどうにか自分にそう言い聞かせ、すうはあと深呼吸をしてからスマートフォンを耳に当てると、『あ、もしもし、梓センパイ?』 と、二日酔いとは縁遠そうなハツラツとした美加ちゃんの声が響いてきた。