なんとなく、課長が私をからかって遊ぶ気持ちが分かった気がする。

 束の間の、たわいないおしゃべりに花を咲かせた楽しい時間はあっという間に過ぎて、ダッシュボードのデジタル時計が午前1時を示す頃、車は私の住むアパートの駐車場へと到着した。

 気持ち的には、『着いてしまった』と言った方が近い。

 もっともっと、この楽しい時間を共有したかった。

 名残り惜しいけど、ここまで来たら後は部屋に帰るしか選択肢は残されていない。

 エンジンを止めた課長は、助手席に回ってドアを開けてくれる。

――そんなに気を使ってくれなくても、もう大丈夫なのに。

「今日は、本当に、ありがとうございました」

『すみませんでした』と謝ったら、きっと叱られる。

 そんな気がして、お礼の言葉を口にして心を込めて頭を下げれば、『部屋まで送るよ』と柔らかい笑みが向けられた。

 いつもの、穏やかで優しい笑顔。

 なのに、なぜか『とくん』と一つ、鼓動が跳ねる。

 部屋の前まで行けば、そこでおしまい。

 さよならを言って、日常に戻る。

 上司と部下と言うただそれだけの関係に戻ってしまう。

 たぶんきっと、二人でこんなふうに語らう時間は二度とはこないだろう。

――それで、いいの?

 本当に、それで、いいの?