『あなたが、好きです』。

 たったそれだけのこと。

 単純明快で簡単な言葉。

 なのにどうして、こんなにも口にすることが難しいのだろう。

 迷う心を急かすように、薄闇にチンとエレベーターの到着を知らせるベルの音が鳴り響く。

 ゆっくりと開く扉の向こう側へ手を引かれたまま乗り込み、扉が閉まった次の瞬間だった。

「あー、もう、限界」

 ボソリとため息交じりの呟きをもらした課長は、手に持っていた荷物を床に落とした。

 否、ほとんど放り投げた。

 次に私が肩にかけていた荷物も掴んで、同じように床に投げ落とす。

――な、なに?

 何か、気に障った?

 気付かないうちに何かやらかしたんだろうかとギョッと身をこわばらせていると、両肩を掴まれて顔を覗き込まれた。

 笑いを消したその表情は、怒っているように見えなくもない。

「か、課長……?」

「ダメだな」

 課長は憤ったように、ボソリと言葉を吐き捨てた。

「は、……はい?」

『ダメ』って、何がダメ?

 意味が、ぜんぜん分からない。

 課長の言いたいことが理解できない私は、困り果てて無言で見つめ返すしかできない。

「ったく、風間の言う通りだ。だから、俺は……」

『ダメなんだ』と消える語尾を飲み込み、課長は苛立ったように自分の前髪を手のひらで、わしゃわしゃっとかき回した。